てつだい

「野菜切れたぜ。次は何をすればいい?」
「ありがとう。じゃあ、そこのお鍋見ておいてくれる?」
「分かったぜ!見るというのは、これを眺めていればいいのか?」
「ええと……焦げそうだったら教えてね」
「任せてくれ!」

きらきらと瞳を輝かせるダンデくんを見ながら、思わず苦笑いがこぼれた。

鍋の前で腕を組みながらも、どこか楽しそうに笑みを浮かべているダンデくん。彼が妙に私のお手伝いをしたがるようになったのは、ここ最近の話だった。
前々から、手が空いたら何でもかんでも手伝ってくれるタイプではあったけれど、最近はどうにもその頻度が多いような気がする。

嫌でもなければ、やめてくれとも思わない。だけどダンデくんがチャンピオンという肩書きを次世代へと託してから、ローズタワーをバトルタワーとして改装したりと、前にも増して忙しい日々を送っているのを見ているからこそ、こういう家にいるときくらいはゆっくりすればいいのにと思わないでもなく。
実際にそれを伝えたところで「オレがしたいからしてるんだ。迷惑だったか?」なんて、いつもは自信満々に吊り上げられた眉を下げながら返されてしまうことは目に見えているものだから、そのギャップにもっぱら弱い私は、完全にお手上げになる。
「いつもありがとう」と笑いかけたら、ダンデくんは花が咲いたようにパアッと満開の笑顔で「お安いご用だぜ!」と力強く胸に手を当てた。

ダンデくんとキッチンに立つと、小さな子と一緒に料理をしているような気持ちにさせられる。お手伝いをしたがるダンデくんと、とりあえず短時間でサクサクと進めたい私。ガッチリとした身体の男の人と私が並べば、見た目は恋人のような、夫婦のように見えなくもないものの、ふたを開いてみれば、まるで大きな子どもの面倒を見る母親の気分だった。

ダンデくんにひとつひとつ指示を出せば、ダンデくんはどこかのポケモンたちと似たような楽しげな笑顔で、私の言ったことを忠実にこなしてくれる。硬い野菜に力いっぱい包丁をいれることは骨が折れるので大変助かっているし、重い鍋や高いところにしまいっぱなしだった土鍋を下ろしてくれることだってなんのその。
たとえ切れた野菜が歯ごたえたっぷりのゴロゴロ野菜になっていても、いつもの笑顔で「できたぜ!」なんて言われたら、やっぱり私は折れてしまう。今日もまた、たくさん煮て溶けるくらいまで柔らかくしてしまおうと苦笑いをした。

「いい匂いがするな」
「そう?まだ野菜煮てるだけだよ」
「野菜の匂いだ。実家を思い出す」
「あー、なんか分かるかも。あ、そういえばダンデくん、またしばらくご実家帰ってないでしょ」
「この家の居心地が良すぎるんだ。ずっとキミとここで暮らしたい」

鍋を見つめる優しい横顔がこちらに向く。その黄金色をした瞳と視線がぶつかって、悪いことをしているわけではないのに、私は思わず視線を逸らしてしまった。
ご実家に帰らない上手い口実に使われたような気もするけど、ダンデくんのことだからきっと悪気はないんだろう。嬉しいような、ダンデくんの帰省の妨げになっていて心苦しいような。
ふと、ダンデくんと同じ瞳の色をキラキラさせたダンデくんの弟くんの姿が浮かぶ。きっと誰よりもお兄さんに会いたがっているはずだ。

するりと回された腕が、私の腰に回る。横から抱き寄せられて、ダンデくんとの距離がぐっと近付いた。火を扱ってるときはだめだっていつも言ってるのに、ふとしたときにスキンシップをしたがるのはもはやダンデくんの癖になってるのかもしれない。それに、いまは比較的大事な話をしているつもりなのに。
ダンデくん、たまにはご実家に顔を出した方がいいよ。大きなお世話かもしれないけど。と、引き留める要因になっているらしい私が言うのもなんだけれど、そんなことを口にしようと顔を上げれば。

「……」
「……」
「……ホップくんも寂しがってると思うし」
「キスに対しての反応がホップの話か?ちょっと寂しいぞ」

ちゅ、と軽く触れられた唇。目を細めて私を見つめるダンデくんの黄金色の瞳を見て、やっぱり思い出したのはあの弟くんのキラキラとした瞳で。
つい、キスされてすぐの一言でホップくんの名前を出したら、明らかに不機嫌になったダンデくんにキュッと鼻を摘ままれてしまった。
鼻を押さえる私を見て、ダンデくんはふてくされたように口を尖らせる。視線はそのまま鍋に向けられたものの、私の腰を捉えたままの逞しい腕は、多少もがいたところでびくともせず、抜け出すことは出来ない。他の作業をするあいだ、ダンデくんが鍋を見てくれればいいと思っていたけれど、こんな風に捕まえられてしまったらどうしようもない。
「ダンデくん」鍋を見つめる横顔に声をかけたが、言葉どころか視線すら返ってこなかった。

「ごめんね?」
「……」
「ダンデくんからのキス嬉しかったよ」
「……」
「うう、ぜんぶ無視された」

腰を抱き寄せられているのに、とことん無視をされる。なんと悲しいことかと思いながらも、ダンデくんの見つめる先にある鍋の火を弱めることは忘れなかったあたり、そんなにショックじゃないのかもしれない。なんて、またダンデくんがヘソを曲げてしまいそうなことを思ったけれど、言うのはやめた。
キッチンが少しだけ、鍋の煮える音と換気扇がまわる音だけになる。お互いの呼吸の音すら気にならなくなったとき、不意にダンデくんの手のひらが、私の腰から肩に回された。

「実家に帰ってもいいんだが」
「うん」
「その時はキミも連れていくことになるが、いいのか?」
「え?……ああ、うん。むしろダンデくんのお家がいいなら、だけど」
「……うちならいつでも大丈夫だぜ。むしろ、帰る度にまだなのかと急かされるくらいだからな」
「え!そうなの?そんなに期待されるような人間じゃないけど……」
「オレが待たせてるんだと言ってあるんだがな」
「……?あれ、それってどういうこと?」
「? 結婚の挨拶の話だろう?」

しばらくの沈黙。聞こえるのは鍋が煮える音。
そろそろ火を止めないといけないと頭の中では分かっているのに、どこか噛み合わない会話の歯車を合わせることに必死で、それどころじゃない。吹き零れる前に気がついたダンデくんが火を止めてくれたけど、ダンデくんは自分の発言が私にとって青天の霹靂だったことなんて思ってもいないのか、私の肩を抱き寄せながら、頭に軽くキスを落とす。
「幸せにするぜ」なんて今までで一番幸せそうな笑顔を浮かべているダンデくんには悪いけれど、私の頭はまったくついてきていなかった。

ダンデくんの家にお呼ばれして、みんなでホームパーティかバーベキューをするというような話では無かったのか?結婚の挨拶?確かにお付き合いをして半同棲のような生活をしてはいるものの、まだプロポーズを受けた記憶はない。
まさかと思って、さっきから妙に触れてくるダンデくんの手のひらを制しながら、その顔を見上げる。隙をついて降ってきた唇を指先で止めると、ダンデくんと彼の名前をゆっくりと呼んだ。

「結婚の話はまだしてないよね」
「……今したぞ?」
「そうじゃなく!……その、プロポーズとか、そういうのだよ」
「オレはいつも伝えてるつもりだったんだが……」

そんなの知らないと言い返しそうになる言葉を飲み込んで、少しだけ考える。そして思い至ったのは今からほんの数十分前の出来事で、私はその話に対して何も考えずにホップくんの話題で返していたような気がする。

実家に帰らないのかという話題に、ダンデくんはずっとキミとここで暮らしたいと言った。気が付かなかった私自身を棚に上げて言わせてもらうなら、あんなに不機嫌になる前に最初からはっきりこれはプロポーズだと言ってほしかった。サプライズだぜ!と言われる覚悟もある程度していたつもりだったのに、まさか既に言われていたらしい、なんて。

「……ごめんね。気が付かなかった」