恋をしている音がした

「キバナさんが私を好き?」

今日は女子会よ!とソニアに誘われるがままやってきたバーで、ちょうどよく酔いが回ってきた頃に出た話題に私はすっとんきょうな声を上げた。お酒をあおるソニアがちょっとだけ上気した顔で私を見つめながら、ウンウンと何度も頷く。それから思い当たる節をいくつか呟くソニアに、そんなバカなという気持ちしかなかった。だって私とキバナさんとじゃ、接点も少なければ正直話したこともあまりない、はず。少なくとも、私の認識だと友達の友達。の、友達という感じだと思う。

「そうよ。だってバレバレじゃない」
「えー? ソニアの気のせいだよ」
「私も気のせいじゃないと思うけど」
「ルリナ様……」
「ちょっと! 様はやめて」
「あはは、冗談冗談」

私とソニアの会話に、聞き捨てならないとばかりに入ってきたルリナちゃんは、だいぶアルコールを入れているはずなのにけろっとした表情で私を見た。友達の友達、ということで友達になったルリナちゃんは、相変わらずどこから見てもキレイで素敵な女の人だ。そんなルリナちゃんにさらりと言われてしまえば、さすがの私もなんだか動揺してしまう。いまだに信じられてはいないけど、そうなのかな?と思えてしまうからこわい。
ルリナちゃんは、持っていたカクテルを飲み干すと、私たちの注文もまとめて取ってくれた。オーダーのために挙げられた手が、そのまま私に向けられる。びっと突きつけられた細い指で刺されてしまいそうなくらい、自信満々に。

「同じジムリーダーの私が言うんだから間違いないわ」
「えー……まさかぁ。ルリナちゃんが言うと説得力あるけど、あのキバナさんがだよ?私を?ナイナイ!」
「決めつけるのはよくないわ。恋って分からないものよ」
「「ルリナ様……」」
「もう!なによ!」

やっぱりどうしてもキバナさんが私のことを好きという状況が納得できなくて、運ばれてきた追加のお酒を片手に笑い飛ばすと、ルリナちゃんのカッコイイ言葉がかけられる。思わずさっき冗談でつけた敬称を今一度繰り返せば、同じように呟いたソニアの声と丸被りして思わず顔を見合わせる。眉をひそめて声をあげるルリナちゃんにふたりして笑えば、今度会話に入ってきた言葉はあらぬ方向からだった。

「……オマエら、本人がいるのによくそんなデカイ声で噂話できるな」
「うん? キバナ、お前彼女のことが好きなのか? どこが好きなんだ?」
「ダンデ、オマエは黙ってろ。話がややこしくなる」

音が出るんじゃないかという勢いで振り返る私とは裏腹に、私と同じテーブルを囲むふたりはまるで最初から知っていたかのように「あらいたの?」「気付かなかったよ」なんて白々しい言葉を並べる。なになにどういうこと?とふたりに向き直る私を、友人たちはニコニコと見つめてきた。その視線は企んだ何かを含んでいて、思わずお酒を持っていた手に力がこもる。

「ちょうどいいから話してきなよ」
「そうね。私とソニアはここで飲んでるから」
「……ねえ、なんか私に話すことない?」
「あるとしたら、この会がお開きになってからかな」
「取って喰われるわけじゃないわよ」
「というわけでダンデくん!あなたはこっちね!」

絶対に謀られた!と分かったときには、もう完全に外堀は固められていて。大声で呼ばれたダンデくんが、良く分からないぜと言いながらソニアたちのテーブルにつく。私はそのテーブルから弾かれてしまい、行き着く先は先ほどダンデくんがいたテーブルだった。そこにはすらりと背の高い、トップジムリーダーの名を欲しいままにしている大人気のドラゴンストームの人がいて、まあつまり、それがキバナさんなわけだけど。

「追い出されちゃいました」
「はは。強いなあ、あのねーちゃん」

持っていたグラスを傾ける仕草すらサマになっていて、改めて私とは住む世界の違う人なんだなと実感する。一方はトレーナーを極めてジムリーダーをやっているような人で、もう一方はかつてジムチャレンジに参加していただけの私。一方はキラキラした世界に住む有名人で、もう一方は普通の一般人。考え方が卑屈すぎる?いやいやこれが実情なんだから仕方がない。この分析からしても、私とキバナさんが関わる可能性は限りなく低いように思えた。それこそ、ソニアとルリナちゃんという友達がいなければ、こんな風に隣に立つことすらなかったと思うくらい。

「オレ次頼むけど、オマエは? 次飲む?」
「あ、じゃあ同じので」
「マジ? オマエって酒強いんだな」

意外だな。と笑うキバナさんの笑顔は思っていたよりも優しくて、タレ目具合がちょっと可愛いなと思ってしまった。なんて、そんな風に思うくらい眺めてたとか、男の人にかわいいなんてとか、色々失礼すぎることが露見してしまうので本人には口が裂けても言えないけど。当の本人は、私の内心なんてもちろん知るよしもなく、メニュー表を広げながら私に飲めるお酒を聞いてくれた。だいたい全部と答えてしまえる辺り、私は本当にかわいらしさがない。キバナさんは驚いていたけど、楽しそうに笑ってくれた。

***

キバナさんはお酒についてもだけど、ポケモンについて話すときが一番楽しそうに見えた。お酒の話からいつの間にかポケモンの話になっていることに気が付いたのは、キバナさんがドラゴンタイプのポケモンの大器晩成なところが好きだという話のあたりで、なんのきっかけか覚えていないけど、どうやら気付いたらポケモンの話になっていたらしい。
はしくれだったけど、私もかつてはジムチャレンジを経験していたし、ポケモンのことは大好きなのでその話にうんうんと相槌をうつ。楽しそうに、キラキラした瞳でポケモン、特にドラゴンタイプについて語るキバナさんは、まるで少年のようだった。話を聞いているうちに思わず笑っていたのか、キバナさんが不思議そうな目でこちらを見る。ぶつかったシアンの瞳はとてもきれいな色をしているな、と思った。

「なに笑ってるんだ?」
「キバナさんってドラゴンポケモンのことになると、少年みたいにきらきら目を輝かせて話すんですね」
「な、ッ!」
「とてもかわいいなって思ってました。すみません」

饒舌な時ほどお酒は回っているもので、自分の思ったことがストッパーをすり抜けてどんどん口からこぼれていく自覚はあった。片手で数えるほどしか会話したことがなかった人に、しかも男性でトップジムリーダーで、カリスマ的存在の人に、とてもかわいいだなんて。普段の私なら絶対に言わないどころか、そんなことを言う自分なんてと1週間は引きこもっていただろうと思う。だけど、そんな考えすらもどっかに飛んでいくくらいに私は上機嫌だった。きっとキバナさんが思ったよりも話しやすい人で安心したんだと思う。ふわふわする頭では、あんまり上手く考えがまとまらないけど。
爆弾発言ついでにへらりと笑う私を凝視したキバナさんと視線がぶつかる。やっぱり失礼すぎることをしてしまったかなと慌てて謝罪の一言でも述べようとしたとき、私の視界にいたキバナさんの顔が、みるみるうちに真っ赤になっていくのが見えた。その顔は、ものすごい勢いで顔ごと背けられたことで見えなくなってしまったけど。

「え? キバナさん?」
「ふ、ふいうちだろ、そういうの」
「ふいうち? いりょく70ですね」

とっさに返した言葉は、絶対間違っていたに違いない。片手で顔を覆うようにしていたキバナさんの目が、こいつなに言ってるんだっていう雰囲気を出しているように見える。思わず消えそうな声で謝ったら、キバナさんは大きな大きなため息をついた。ぶつぶつとなにかを言っているような気がしたけど、時間的に盛りあがりをみせるバーではそんな声もかききえて。聞き返すこともなくその耳まで赤く染まった隠れた顔を眺めていたら、見るなと額を小突かれた。
なんとなくソニアとルリナちゃんが私をキバナさんに引き合わせた理由が分かったような気がした。きっと人は見かけによらないから、もっと色んな人と交流しろということなんだろう。ふたりのいたテーブルを振り返れば、談笑しているふたりと目が合った。ひらひらと手を振られたのは、もっとそっちにいろという合図だろうか。

「そういえばキバナさんって、」
「キバナ、お前は彼女のどこが好きなんだ?」

私を好きってほんとですか?まさに核心をつく質問をぶつけてしまおうと振り返れば、すぐ隣にいたのはキバナさんでもソニアとルリナちゃんでもなく、なぜかニコニコとひとの良さそうな笑顔を浮かべたダンデさんがいて。その手には、なぜか先ほどまでキバナさんが飲んでいたお酒があって。キバナさんが驚きながらも、そのお酒をさっと奪い返した。なんでここのテーブルにいるんだと、その目はダンデさんをにらみつけている。ダンデさんには、こうかはいまひとつのようだけど。

「確かに彼女はいい子だとソニアからも聞いてる。だけどキバナ、お前が彼女と話したことなんて、」
「ちょっとダンデくん!トイレに行ったと思ったら、戻るのそっちじゃないでしょ!」

不思議そうにキバナさんを見上げるダンデさんの言葉は最後まで紡がれることはなく、遠くから彼を呼ぶソニアの声に、ダンデさんはキバナさんに向けていた視線を彼女に戻しながら変わらずの大声で呼ぶ声に答えた。「サンキューだぜソニア!また迷子になるところだった!」「いや、自覚あるなら善処してよね」そんな他愛もないいつものふたりの会話をBGMに、私たちの間には微妙な沈黙が流れる。さっき私が似たようなことを口走りそうになったくせに、今さら何を戸惑うのかとも思ったけど、いざ他人にそれをいわれると改めて緊張してしまうのも事実で。ちょっとの沈黙ののち、ちらりとキバナさんを見上げてみる。キバナさんの耳は、ちょっとだけ赤くなっているようにも見えた。

「……あの、キバナさん」
「!! な、なんだ?」

意を決して聞いてしまおうと口を開くも、キバナさんの震えた声での返事にこちらまでどぎまぎしてしまう。堂々とした立ち居振舞いからは想像もつかないような表情と声に、これ以上踏み込むことはためらわれた。だけどいっそこのお酒に飲まれた状況で聞いてしまえば、後々酔っぱらってましたで済ませるかもしれないと私の悪い部分が囁く。見上げたキバナさんは、私と視線がぶつかったことに驚いたのか、ちょっとだけ目を丸くした。

「私のこと好きって、ほんとですか?」

キバナさんの頬がかあっと真っ赤になるのがよく分かった。きっとこれはお酒でもなくて、バーの熱でもないだろう。目は口ほどにものをいうし、表情は口よりも饒舌で、うぬぼれるつもりはないけれど、こんな風にされたら私どころか誰だってうぬぼれないわけがないと思う。そんな心の予防線という名の言い訳を並べに並べて、私の頬まで熱くなった。冷ますようにあおったお酒に、ちょっとくらっとした。

「……で、」
「?」
「電話、が来たからちょっと、外す」

キバナさんは私から視線を逸らすと、まるで逃げるようにバーの外に飛び出していった。その勢いたるや、コソクムシのにげごしよりも素早いのではないかというくらいで、残された私とキバナさんの飲みかけたお酒が、ポツンと所在なくテーブル残されてしまった。盛り上がってきた時間帯だけに、ざわついていた店内がひときわ喧騒に包まれる。なんとなく予想はついていたけど一応耳を澄ましてみれば、キバナさんが女にフラれたとかそういう話になっているようで。耳を澄まさなくても聞こえてくるくらいにんバーの中でどんどん広がっていくその話題に、あとでキバナさんに深くお詫びをしないとと頭を抱えた。

「ふーん?案外ウブなのね」
「今の、ファンが捨て置かない顔だったわ」

私が頭を抱えていることなど関係なしに、私たちを遠目で観察していたはずのルリナちゃんとソニアが逆に怖いくらい冷静にキバナさんの消えた後ろ姿をひたすら見つめていて。元はと言えば、ソニアがキバナさんは私を好きだなんてそんな話をするからじゃないかと抗議したくなったけど、正直かなり楽しくキバナさんとお話出来てしまった手前、感謝しないわけにもいかなくて。ひどい!と言いながら背中のひとつでも叩いてしまおうかと上げた手は、ゆるゆるとソニアとルリナちゃんの前に力なく落ちた。

「なるほど」
「? なにがなるほどなの、ダンデくん」

噂を含めたさまざまな喧騒の中、突然ダンデさんが何かを思い出したかのようにポツリと呟いた。その意味深なひとことを真っ先に拾ったのはソニアで、お酒を飲んだコップのフチを指先で拭いながら、ソニアはダンデさんのひとことに疑問符を浮かべた。私もルリナちゃんもその先は気になるもので、ソニアの疑問符の答えを聞けるようにとテーブルに身体を寄せた。

「いや、最近キバナが珍しく女の子の話をオレにすることがあってな」
「お、新しい情報」
「どんな話どんな話?」
「ちょっとふたりとも!」

身を乗り出すふたりの身体を制すように両手を広げるも、もちろん押さえきれるはずもなく。ニコニコと微笑んでいたダンデさんの視線が、ゆっくりと私に向けられた。

「話をされてる時点では分からなかったが、今ようやく分かったよ。あの時の話に出てきた女の子は、キミのことだ」

みんなのヒーロー、ガラルのチャンプが適当なことを言うわけがないとは思うが、その話とやらでキバナさんが指していた人物が私だなんてダンデさんは何か確証を持って言ってるのだろうかと、逆に詰め寄りたくなった。だけど誰よりもキバナさんとバトルを繰り広げていて、自他共に認めるライバルのダンデさんだ。きっと今日までに数回しか話したことのなかった私が語るキバナさんよりも、もっと多くの真実を知っているに違いない。

「そ……うですか」

ダンデさんの話すキバナさんの話に身を乗り出していたふたりを止めていた腕がテーブルに落っこちる。こぼれた声は思ったよりも覇気がなく、ソニアとルリナちゃんとダンデさんの不思議そうな視線が俯く私のつむじに向けられているのがよく分かった。だけど私はその頭を上げられないでいる。なぜならきっと上げたところで、めちゃくちゃからかわれることは目に見えていたから。

「あらあら」
「相変わらず分かりやすいんだから。耳まで真っ赤よー」
「う、うるさいうるさい!」

改めてそんな話をされてしまうと、これからキバナさんとどうやって顔を合わせればいいか分からなくなる。そんな風にキバナさんのことを考えれば考えるほど恥ずかしくなってきて、顔なんて上げなくても顔どころか耳まで真っ赤になったところを友人ふたりにからかわれてしまうのだった。

***

夜の街は火照った身体に染みるほど冷えていて、普段はトレーニング帰りにこの冷たさを全身に浴びていることを思い返すと自然と笑みが浮かぶ。絶好調な日もあれば、全然なってない日もあったけど、それでもポケモンと向き合う時間は好きだし楽しく思っている。それは今でも変わらない。だけど今は、この冷たさがやけに染みた。火照った身体にも、頬にも、それからやけにうるさい心臓にも。さっきまでいたバーでのやりとりを思い出すだけで、浮かんだ笑みがくすぐったさに変わる。恥ずかしさと嬉しさと、なんなんだこの浮わついた心はよ!と叫びたくなる衝動。思わず普段からつけているヘアバンドをぐっと目元まで引き下ろすと、声にならない声を上げてぎゅっと目を閉じた。

「いるとか聞いてねえんだよっ」

バーから離れた場所とはいえ、これだけ聞いたら誤解をされてしまいかねない言葉にぐっとそれ以上を飲み込む。だけど本当にその通りだった。
いつもの日常終わり、週末ということもあってダンデからの誘いは二言返事で頷いた。確かに普段あまりそういうものに誘ってこない、というか疎いくらいだと思っていたダンデからの声掛けだったから、物珍しさ半分もあったかもしれない。適当に酒を注文して普段と変わらない会話をダンデと交わす。今思えば、その会話の中にもヒントがあったかもしれないのに、オレは何も気にせず久々の酒だなと呑気につまみを口に運んでいたように思う。ふと聞こえてきた声に、自分の耳を疑うまでは。

「あのねーちゃんたち、余計なこと言いやがって……」

ダンデとあのソニアってねーちゃんが幼馴染みだったという話は、それこそダンデから何度も聞いていたがその時ばかりはすっかり忘れていた。そしてそのねーちゃんが、彼女と友人だということも、これは忘れていたわけではないが完全に頭から抜けていた。それから聞こえてきた声に、会話に、彼女の口から出てきたオレの名前に、心臓がぐっと掴まれる思いだった。そのあとすぐに、平然と彼女たちに話しかけることができたオレさまはここ最近で一番スマートだったんじゃないかとすら思う。

「ダンデもダンデだ!このオレさまを謀りやがって!」

なんだかんだでそれが一番気に入らないんだと思う。普段からポケモンとガラルの未来のことしか考えてない大バカが、まんまとこのオレさまを釣り上げた。その事実もあって思わず声が大きくなる。ドキドキうるさい心臓のせいで、声のボリューム調整がうまくいってない。自分の情けなさにため息をついてから、バレバレな嘘をついて飛び出したときにしっかりと握りしめたスマホロトムの画面をつついた。フォルダにある膨大な画像の中から見つけた彼女の写真は溢れんばかりの笑顔で、影でこんなの眺めてるなんてどんだけ情けなく女々しいのかと、画像の彼女と反比例するように自分の顔は暗くなる。

「……でも、さっきまでこの笑顔と話してたんだよな」

スマホの中で微笑む彼女と、先ほどまで自分の目の前でケロッとした顔で強いお酒を飲んで笑っていた彼女が重なる。それこそスマホの中にある満面の笑みではなかったものの、お酒のお陰かちょっとほころんだ彼女の顔は間違いなくオレの好きになった彼女で。あの距離で平常心のまま会話できていたオレ、本当によくやってくれた。思い出しただけでも顔が熱くなる今なら、いい歳して純情ぶってるとか色んな輩に揶揄されても痛くも痒くもない気がした。

ぐっ、とヘアバンドを目元まで覆うように引き下げる。本当はにやける口元まで隠れたら良かったけど。

「とりあえず、戻るか」

暗い視界の中、深呼吸して心を落ち着けて。戻りづらくないと言ったら嘘になるけど、だからといって戻らないわけにもいかない。お節介にも程があるとは思うが、せっかくの好意を無駄にしたくもない。どうせなら、目に見えた成果を得てからゆっくりと距離を縮めていこうと思う。彼女とは、焦って色々失ったりはしたくなかった。少なくとも、あのタイミングでお前が好きなのは本当だなんて言えるわけがない。いくらお酒の場とはいえ、気分が舞い上がっていたとはいえ、あそこで嘘だとバレても逃げたことは正解だと思う。いや、思わせてほしい。
下げていたヘアバンドをぐっと持ち上げて、それから走ってきた道を振り返る。暗い道の向こう、遠くにさっきまでいたバーが見えた。出てきた姿に息を飲むのは、今日だけで何度目か。

キョロキョロと左右を見渡しているのはオレを探しているからだろうか。跳ねる心と同時に、この寒空のしたの彼女が心配になる。小走りに彼女のもとに向かいながら、とりあえず連絡先を聞くところからだと、オレはバーの前でふるりと震える彼女の名前を呼んだ。
あわよくば、このスマホのフォルダにふたりの写真でも。

200207