「なあ、ダンデと別れたか?」
バーでそう訊ねたときの彼女の顔は、昔のオレなら傷付いていたのかもしれないような、それはそれは冷たい表情で。
返事はない、視線も交わらない。片手に持った酒のグラスをぐいっと飲み干した、酒にも強ければオレの揺さぶりにも強い彼女は、なにも言わずにその場を去ろうとした。
「おっと、まだ話の途中だろ?」
「話すことなんてないもの」
「答えを聞いてないだろ。ちゃんと別れたのか?」
繋ぎ止めた腕は折れてしまうんじゃないかというくらい細いのに、掴んだオレの手を振りほどこうとする力は、どこから出てるんだというくらいに強いものだった。
それがオレを拒絶しているものだと思えば心も痛むものの、正直そんなセンチメンタルなことを言っていられる時期はとっくに過ぎている。今ではもう、オレをあしらう彼女の一挙手一投足が、オレだけを見てくれているようにしか見えなくて、たとえオレを拒絶する視線であったり腕の力であったりしても、それらの原因である暗い感情は、彼女がオレだけに向けてくれる、オレだけのものだと思えるようにすらなっていた。
病んでいる、狂っている。オレだってそんなこと分かっている。だけど、好きになった女には相手がいて、その相手がオレの最大のライバルにして目標だなんていう皮肉すぎる展開に、そうすることで心の均衡を保っているのかもしれないと、客観的に判断できるだけ、オレはまだまだマトモだろう?
「離してよ!」
「じゃあ早く別れろよ、ダンデと」
「なんで!あなたに関係ないでしょう!」
「あるに決まってるだろ?オレはお前が好きだから、彼女にしたいんだよ。でもお前は自分はダンデの彼女だって言うから、別れろって言ってるんだ」
「っ、やめてよ!頭おかしいんじゃないの!」
「おかしくねえよ。当然のことだろ?」
ああ、オレはおかしいよ。狂ってるよ。でも変なことは言ってねえよ。お前が好きだから、お前と付き合って、毎日電話して、休みの日はデートして、それから夜はセックスしたいんだよ。そういうのが出来るのは、恋人同士だけだろ?だったら早く、お前はダンデと別れてオレと恋人同士になってくれって、そう言ってるだけなのに。それのなにが変なのか、教えてくれよ。オレに。一晩中付き合うから。
抱き寄せた腰は想像以上に細くて、ここを掴んで思い切りシたら気持ちいいんだろうかと考えてしまう。掴んだ顎は小さくて、ここにオレの舌を捩じ込んだらどんな顔をするんだろうかと考えてしまう。無意識のうちに、抱き寄せた腰に押し付けてしまって、彼女が小さく悲鳴をあげた。ゾクリゾクリと背中を伝っていく欲の震えに、思わず乾いた笑い声がこぼれた。彼女の瞳が滲んでいるのが分かる。ああ、その顔、スゲーかわいいよ。
「早くダンデと別れてくれよ。それでオレと付き合おうぜ」
バーの喧騒、押しやった彼女の身体はきっと誰からも見えない。こぼれそうな涙を唇で受け止めると、彼女は小さく「やめて」と愛をささやいてくれたような気がした。