「ごめんなさい」
「謝って事が済むならジュンサーさんは必要ないよね」
「ごめんなさい、ワタルさん」
「何度謝っても駄目だよ」
「ワタルさん……」
「……かわいく言っても駄目」
ちょっと甘えるような声を出したら、一瞬ぐっと息を飲んだワタルさん。しかしそこはしっかり者のチャンピオンで、緩みそうになっていた口をぐっと真一文字に結ぶと、私を組み敷きながら優しくなだめるような口調でそっと私の頭を撫でた。
酔っ払った勢いでシラフのワタルさんにちょっかいをかけたのが30分くらい前で、そのときは酔った私をニコニコと甘やかしてくれていたワタルさんがだんだん制止の声をあげはじめたのが10分くらい前だったような気がする。
時間感覚が分からなくなってきたとき、やれやれといってため息をついたワタルさんにベッドに転がされたときには、自分の軽率さを実感した。もちろん手遅れではあったんだけど。
そして冒頭に戻る。
目の前にはちょっと怒ったようなワタルさんの顔、その向こうには見慣れた天井。私の頭を撫でてくれた手のひらは、ゆるく私の熱い手のひらに重ねられた。優しく握りこまれて、どきりとする私の表情を、かのワタルさんが見逃すわけもなく。
先程までの表情はなんだったのか、今度は余裕たっぷりの微笑みすら浮かべて、ワタルさんは私の耳元に唇を寄せた。
「おれを煽った罰はしっかり受けてもらうけど、いいかい?」
「だ、だめって言っても、」
「言わせない」
低く甘い声がふるりと耳を震わせる。その声にびくりと身体を揺らした私を見て、ワタルさんは満足そうに微笑む。優しくくて熱い唇が、耳を首を這うと、なんとも言えない気持ちで心臓がぎゅっと掴まれるような気持ちになる。熱い身体はきっとお酒のせい、だと思いたいけれど。
ワタルさんの唇に振り回されているうちに、はだけた裾にほんのり冷たい大きな手のひらが滑り込む。小さく声をもらした私の顔を覗き込んだワタルさんの表情は。
「わ、たるさ、」
「……こういうときくらい、余裕たっぷりでいようと思っていたんだけどね」
苦笑いしながらも、その表情に余裕なんて欠片も無くて。眉を寄せて私を見つめる瞳は、私が彼の獲物になってしまったという確たる証拠でもあった。
熱血漢だけど冷静沈着で、誰からも好かれて頼りになるワタルさんの穏やかな表情。そればかりを見ている人から見たら、こんな表情はきっとレア中のレアなんだろう。もしかしたら、ワタルさんのこんな表情は見たことがないというかもしれない。それくらいに、ワタルさんは切羽詰まっている。
脇腹を撫でられて、上擦った声が出た。ワタルさんが目を見開いて、これでもかというくらいのため息をつく。
「おれもお酒を飲んでくればよかったよ」
「え、なんで?」
「……明日の朝に夜のことは全部忘れてしまったなんて言われた日には、いくらおれでも立ち直れないからね」
「い、言わないよ……」
「それは絶対、って言いきれるのかい?」
「…………言いきる」
「はは!どうせならふたりそろって記憶の彼方ってことの方が優しいくらいだと思ったんだけど、だいぶ間を置いてでもきみがそう言うなら……信じようかな」
私の想像以上に大仰なことを笑顔で言ってのけるワタルさんに、野暮だと思いながらも思わず今から何をする気なんですかと言葉を投げかけようと口を開こうとする。も、その言葉すら飲み込む噛みつくような強引な口付けに、何を言おうとしたのかも忘れてしまいそうになった。
すべてを食べ尽くしてしまいそうなそれとは正反対に、優しく肌を滑る手のひらがいつもよりも熱い気がして、やはり野暮なことは聞かないでよかったと頭の隅で思う。きっと正直に白状されても、ワタルさんはこうなったら逃がしてはくれない。
「……バトルで煽られるのには馴れてるけど、きみに煽られると自分でも驚くくらいにのぼせてしまいそうになる。……罪深い子だね、きみは」
低くしっとりとした甘い声で囁かれて、ああこれは逃げられないと悟る。アルコールの浮遊感とワタルさんの荒々しい熱に、のぼせてしまいそうなのは私の方ですと、重ねられた手に指を絡ませながら、私はそっと目を閉じた。