食らい付く

何回こういうことをしても、慣れないものは慣れないと思う。とは言っても、そんなに何度も何度もしたわけじゃないけれど、まあ人並みにというか、なんというか。数えられるくらいに繰り返した行為でも、恥ずかしいことには変わりがなかった。
明るいのは嫌だと駄々をこねる私に、彼は微笑みながら「わかった」といって電気を消してくれる。優しく触れる大きな手は普段と同じように紳士的なのに、繋ぐときよりも熱いのは、彼も私とおなじような気持ちだからだろうか。

かすれた声で私の名前を呟きながら近付いてくる彼の精悍な顔立ちに、そっと目を閉じる。そっと閉じたはずなのに、目の前にいるであろう彼がくすりと笑うのは、なぜだろうか。ほんの少し目を開ければ、また笑われた。

「なんで笑うの、」
「ん? ふふ、瞼が震えていたからね」
「……がんばってるのに」
「うん、がんばってくれてるよ。ナマエは」

いつもありがとう。そう呟かれて、私の答えも待たずに唇が塞がれた。
彼のするついばむように何度もする優しいキスは、気持ちを抑えられなくなってきたときだと、前こういうことをしたときに彼は教えてくれた。いきなりがっついたら格好悪いだろう?なんて笑いながら、ベッドの上で私の髪を撫でてくれていたのをよく覚えている。
だから今日もまた、彼曰く気持ちが抑えられなくなってきた、のだと思う。そんなことを言うわりには全然そんな気配を見せないので、確信は持てないままだけれど。

ちゅ、ちゅ、と繰り返されるキスに、だんだん頬が熱を持ってくる。全身が温かくなってきて、思考がぼんやりと滲み始める。
だから、思わず彼の頭の後ろに腕を回してしまったのは完全に無意識で、そしてそれに驚いた彼が目を真ん丸にして私を見たときには、私も一緒に驚いてしまった。腕を回したまま、ほぼゼロ距離で目を見開く彼、そして私。ふたりして息を飲んで、ようやく我にかえった私がその腕をほどこうとするのと、彼の大きなため息が私の唇にかかるのは同時だった。

「ご、めんなさ、」
「謝らなくていい。むしろ……はあ、本当にきみは、それは無意識でやっていたのかい?」
「う……。 そう、です」
「いいんだよ。 してくれて全然構わない。 ……きっと、前のときに腕を回してっておれが言ったのを、きみは覚えていたんだろう?」
「たぶん、そう」
「……ああ、そうだよな。 きみはそういう子だ……だから、たまらなくなる」

切羽詰まったような低く囁く声に、ぞくりと背中が粟立つ。私を見据える瞳がまるで獲物を前にした、まるで竜のようで、私はさっきとは違う意味でごくりと息を飲んだ。

喰われる。食べられてしまう。

そう思ったときには、すでに唇はその竜に噛みつかれていた。さっきのついばむような優しくてかわいらしいキスとは程遠い、荒々しいキス。呼吸をするために唇を離すことすら許してくれないようなそれに、私は思わず彼に回していた腕を、その肩口に持っていき何度か叩いてしまった。もちろん、びくともしなければ、彼が引く気配もない。鼻から抜ける呼吸音が自分でも分かるくらい色を含んでいて、ものすごく恥ずかしくて今すぐに隠れたいくらいなのに。

「ン、ふ……!っう、待っ…!」
「ん…っ、すまない、待てない」

彼の大きな手のひらが私の顔をがっちりと掴んで、逃がさないとばかりに力を込める。顔が背けられなければ、呼吸だってしたいようにはできない。待てないと呟いた彼の舌が、ぬるりと私の口腔内に攻め入ってくる。押し返せるわけもなく、呆然としていた私の舌は、あっという間に絡め取られてしまった。
何度されても慣れない、自分のものではないものが口の中にある感覚。上顎の裏をなぞられて、舌を取られて。ゾクゾクしたものがさっきから止まらなくて、無意識に内腿を擦り合わせてしまう。彼の息づかいが耳に届いていたかと思ったら、絶えずに与えられたのは耳を撫でられる、ぞりぞりという音。

気持ちがいい。溢れた唾液が口からこぼれて彼の手のひらを濡らす。そんなことすらどうでもいいように、彼は満足いくまで私の口を食らい尽くすと、ようやく、ようやくその長い舌ごと唇を離した。銀色の糸がぷつりと切れる。涙がこぼれたあとの滲んだ視界では、彼がどんな顔をしているのかは分からなかった。

「ハアッ!は、あッ……!」
「、はっ……」

肩で息をする私とは正反対に、そこまで息の乱れていない彼が、手の甲でぐいっと乱暴に唇を拭うのが滲んだ視界から見える。普段の優しくて、聖人君子だと言われる彼からは想像もつかない仕草に、どきりとする。こんな風に強引に、激しくキスをされたことが無かったから、私ですらそう思ってしまった。

ぎしりとベッドが軋む音がする。彼は自分の服の裾を掴むと、どこか鬱陶しそうにがばりと乱暴に上着を脱いだ。がっしりした体躯が目前に晒されて、ようやく落ち着いてきた私が涙を拭ったときに目前で見てしまった筋肉質の身体に、私は反射的に悲鳴を上げていた。

「や、やだあ!」
「えっ!?」
「み、見れない!直視むり!」
「はあ、そっちか。 無理って、別に初めて見るわけじゃないだろう?」
「だっ、だけど!恥ずかしいし!」
「そのときはきみの裸だって見たよ」
「うう〜っ」
「おれは見たい。ナマエのぜんぶを見せてほしい」

直前でごねる私を見つめて、ハの字の眉で優しく微笑んだ彼が愛しそうに呟く。確かに間違いなく、今さらだった。だって今日が初めてではない。数は多くないかもしれないけど、いつか私は彼に自分の全部を見せていた。
視線を逸らしたままの私に、彼は笑う。その手にあった上の服をベッドの下へ放り投げると、再び私たちの距離はゼロになった。今度は優しいキスが降ってくる。目を閉じたら、落ち着いてくるような気がした。

「うん。かわいいよ、ナマエ」
「う、」
「さっきは無理矢理キスをして悪かったね。情けないことに、自分の理性を甘く見ていたよ」
「……苦しかった」
「すまない。これからは優しくする」
「今日も優しくしてほしい、です」
「はは。おまかせを。うんと優しくしよう」

優しく頭を撫でられて、おでこにキスをひとつ落とされる。その感覚に気を取られていたら、するりと服の中に彼の手のひらが滑り込んだ。今度は小さな悲鳴をあげた私に、彼はからりと笑う。

「ワタルのばか、すけべ」
「きみの前ではすけべになるよ。おれだって男だからね」

服の中から触れられて、首筋を吸われて。きゅっと目を閉じる私の耳元で、ワタルがくつくつと喉の奥で笑う声がした。くすぐったくて身をよじったら、耳まで食まれた。
何をしても手のひらの上のようで、ちょっと悔しい。なにか仕返ししようにも、全部彼の想定内だと思ったら、私にできることはその余裕綽々な唇にくっつくことくらいで。

「、ん」
「……仕返し」
「はは……煽ってくれるね、本当に」
「……さ、さっきから、当たってる、もんね」
「ナマエが可愛いことばかりするからだよ」

実はずっとギリギリだったんだと笑いを含みながら呟くワタルの瞳は、竜のそれに戻っていた。