砂糖まみれの回答

「ワタルは初めて?」

その"初めて"が何のコトを指しているのか、察するに余りある状況での言葉だったと、そう伝えれば今の状況がなんとなく把握できるだろうか。
ふだんはひとりぶんの体重しか支えていないベッドが、私たちが動くたびに驚いたような悲鳴をあげる。そんなことも気にせずに、鼻先にお互いの鼻先があるような至近距離でひと言、冒頭の言葉を呟いた私に、私を組み敷いていたワタルがはたと動きを止めた。

「……初めて、という回答をきみが求めるなら、おれは『初めてだよ』と答えよう」
「なにそれ?」

なんとも言えない、そしてどうとでも取れる言葉だなと思った。面倒くさい状況に遭遇したとき、言葉だけで切り抜けることが出来てしまうような回答に、思わず笑ってしまう。きっとこの人は、そんな状況に嫌ってほどぶつかってきたに違いない。

「ふふっ、私は別に初めてを求めてないよ。だってワタルはモテモテだから」
「はは、そうか。ならおれもすぐばれるウソをつかなくてすむ。モテモテ、というのは否定させてもらうけれどね」
「やっぱり、初めてじゃないのね」

自分より口のうまい人からの切り返しに、少しだけ皮肉をぶつけてみれば、それも次の言葉できれいに返されてしまった。しかも、半分皮肉の半分事実なものをあえてぶつけたと言うのに、全くもって悪意ゼロのストレートな返しに、私は結局ひとつの成果の得られないまま苦し紛れの感想しか言うことができなくて。

私の言葉にニコリと微笑んだワタルが、続きだと言わんばかりに私に跨がったまま上着を脱ぐ。突然晒された鍛え上げられた腹筋と胸板に、思わず息を飲んでしまった。
ぱさりと落とされる上着。そして再び、私の顔に影が落ちる。ぽつりと呟いたのは、私を上からじっと見つめていたワタルだった。

「かくいうきみは」
「……私?」
「きみは、こういうことは初めてかい?」

グレーの瞳がじっと私を見つめている。赤みがかった睫毛がゆっくりと上下して、近い距離から聞こえる息遣いにすら緊張してしまいそうになる。
私は初めてじゃない。だけど、ワタルとのこういうことは、完遂されれば今日が初めてになるはずで、そして今そのワタルは、真っ直ぐな瞳で私の経験を聞こうとしている。ウソなんてつこうものなら、一発で見抜かれてしまう気がした。

……ああなるほど、だからさっきのワタルも同じように。

「そうね……ワタルはなんて答えてほしい?」
「これはまた、いじわるなことを言うね」
「ワタルの心のままが聞きたいな」

私にはワタルのようなうまい切り返しができないようで、出た言葉は質問に質問で返すとかいうあまりにもひどいもので。
言った側から後悔したにも関わらず、ワタルは私の言葉に質問を質問で返すなと言わなかった。それどころか、きょとんとした顔をしてから困ったように眉をハの字に下げて、私の言葉をいじわるだと言った。ただ純粋に優しいのか。
いや、この人がそれだけで終わるはずがない。畳み掛けるように本心を伝えれば、ワタルは下げた眉のまま、ほんの少しだけ考えるそぶりを見せた。かと思うと。

「……きみの初めては全部おれが、おれだけが貰いたいよ」
「!」

チュッと音をたてて離れていった唇は、至近距離で言い捨てるように甘い言葉を残していった。未だ唇に残るぬくもりに、目を瞬かせる。なにごとかと、おもった。

「でも、初めてじゃなくても、ナマエはナマエだ。おれはどんなきみでも好きだから、そんなナマエを抱きたいと思ってる」
「……」
「おれは欲張りかな」

私の髪を撫でる手が優しくて、私を欲しがっている欲望の姿すら優しく囁かれて、なんだかもう頭がドロドロに溶かされてしまいそうになる。私を見つめる瞳の温かさに、私は思わずその首に腕を回していた。
愛しいとおもった。おもっていたのが、溜めきれずに溢れてしまいそうだった。ワタルのぶつけてくる愛の量は一見多くはなさそうなのに、そのひとつひとつの質量がとんでもない。愛されてると思ってしまう。

「そんなことない……その回答は、ずるい」
「ははっ!お褒めに預かり光栄だよ」

褒めているつもりはなかったけれど、褒められてると思ってくれたのならそれでもいいかと思って目を閉じる。落ちてきた唇が、私の唇を何度も食んだ。まるで、私を喰らい尽くしてしまうのがもったいないと、言っているようで。
キスとキスの合間、ワタルの頬を包んで、どうしたんだいと微笑むその唇を親指で撫でる。くすぐったいという彼の瞳の奥でくすぶる欲をどこか他人事のように見つめながら、詰めていた息を吐き出す。この息を吸う頃には、きっと。

「っ、はぁ……そんな風に言葉巧みに私の意地悪を躱せるのは、ワタルが初めてだよ」
「なら、おれで最後にしたいものだね」

堰を切ったように深く唇を吸われ、大きく吸った呼吸もあっという間に鼻から抜けていく。ぢゅ、という色っぽい水音の隙間に、ワタルは私の耳に触れながら囁いた。ぞりぞりという身体の芯まで震える音で、かき消えてしまいそうだったけれど。

「きみの『初めて』を、ありがとう」

どういたしまして、なんて皮肉混じりに言ってみようとも思ったけど、それは全部が終わってからでもいいかと、ワタルの首に回した腕に力を込めた。