おやすみを言う前に

うとうと、うとうと。ソファーの上で船をこいでは、転がり落ちないように慌てて身体を起こす。起こしたところで指先ひとつ動かせないような眠気にはどうしても勝てなくて、少しすると今度はがくりと頭が傾いた。寝たらだめだと自分に言い聞かせても、閉じた目は思うように開かない。動くはずの身体も、頭の中では動いてるつもりなのに現実はぴくりとも動かなかった。

「こんなところで寝たらだめだ」
「ん……」
「おいで。寝室に行こう」

聞こえてきた優しい声に、まどろんでいた頭をゆったりと持ち上げる。こちらに向けられた大きな手のひらの向こうには眉を下げて微笑むワタルの姿があって、おいでという甘い声に頷きながらも、動きの鈍った頭では上手くワタルの手を取ることができない。再び睡魔に襲われた私がかっくりと頭を落としたとき、私に向けて伸ばされていたワタルの手のひらが、私の頬に触れて耳に触れて、それから顔にかかる髪をかきあげるようにして私の顔を持ち上げた。「ああ、」というような、ため息混じりの声が聞こえる。

「髪、まだ少し濡れてるな」
「……」
「あ、こら」

私の髪をすくワタルの指と、顎を支えるワタルの手が絶妙に心地よくて、思わず開きかけた目を閉じてその身体に体重を乗せていく。顔だけを支えていた手が私の身体に回り、私の頭はワタルの首筋にぽすんと着地する。ソファーの前で私の顔を覗き込んでいたワタルの表情は分からないけれど、きっと困ったように眉を下げているに違いない。挙げ句ぽんぽんとリズミカルに背中を叩かれてしまったら、もはや寝落ちることは明白で。するりと、ワタルの首に腕を回す。ぎゅ、と抱きついたら、ワタルが小さく息をついた。

「髪は乾かしたほうがいい。きみに風邪を引かれたら困るからね」
「う……めんど……」

普段は欠かさずドライヤーをかけるのに、なにぶん睡魔のパワーが圧倒的で正直ソファーから立ち上がるのも億劫だった。今日はこのまま自然乾燥に身を任せたいと暗にごねる私の髪を何度もすきながら、ソファーの前で膝をついたままだったワタルが「ふむ」と何かを考えるようにひとつ息をつく。それからすぐ、私の身体はふわりと宙に浮いた。
背中の後ろと膝裏に差し込まれたワタルの腕が少しだけ熱い。眠い頭のまま慌ててその太い首にしがみつけば、ワタルは「ははは」と朗らかに笑った。

「今日のところは目を瞑ろう。もしかしたら眠るまでに乾くかもしれない」
「……えっ? まって、どういうこと」
「詳しく聞きたいかい?」

寝ぼけていた頭が少しだけ覚醒する。見上げたワタルは相変わらず楽しそうに笑っていて。
開けっ放しだった暗い寝室で、ベッドの上に優しく下ろされる。いや、ちょっと待ってほしいとワタルに伸ばした手は、優しく絡め取られた。ぎし、とふたり分の体重でベッドが音を立てる。

「これはおれの経験則なんだが」
「ま、待って待って」
「言葉にするよりも行動した方が早いんだ」
「正義のヒーローの経験則なら、この場には当てはまらないと思う!」
「そうかな」

そう!と力強く頷いて、私を見下ろすワタルを見つめる。目を細めながら微笑む姿はいつも通りの余裕があったけれど、繋がれた手から伝わる熱は、いつもよりも。
ふと、ワタルが私に覆い被さっていた身体を起こす。にこにこと楽しげな表情で、指折り私に選択肢を与えてきた。髪を乾かして眠るか、それとも乾かさずにふたりの時間を楽しんでから眠るか。きっと彼にとっては、そのどちらでも問題ないということなんだろうけれど。ずるい。聞き方とタイミングが、ものすごく。

「……眠いので、ここから動きたくない、です」

私の素直じゃないワガママにも幸せそうに微笑んだワタルが「わかった」と甘く囁いて私の額にひとつキスを落とした。