ぽいっと、ピッピにんぎょうを投げつけてみる。そのぶあつい胸板で見事にキャッチしたワタルは、きょとんとした顔で投げ付けられたにんぎょうをしばらく眺めてから、なるほどと呟いて顎に手を当てた。
ピッピにんぎょうを投げれば、野生のポケモンから逃げられるとスクールの時から聞かされてきたけど、どうやら人間にはこうかはいまひとつ、ならぬこうかはないようで。まあ当たり前なんだけれどねと思いながら、どうだと言わんばかりの顔で腕を組んでみる。ワタルは私のどや顔にニコリと笑いながら、キャッチしたピッピにんぎょうを私の腕のなかにぽんと置いた。
ワタルの手のひらが、私の頭をゆるりと撫で、髪をすいた。
「おれは野生のポケモンじゃないよ」
「……野生のワタル?」
「ふむ。おれの全部はきみのものだから、厳密に言うと野生ではないね」
「うーん、じゃあ逃げられないかあ」
「はは、逃げるなんて聞き捨てならないな」
頭を撫でていた手のひらが私の首裏に回り、大きな手のひらに引き寄せられると、ぐっとワタルとの距離が近づく。逃がさないというような瞳が私を捉えて、ワタルは屈むようにして私に唇を寄せた。流れるような仕草で、唇ごと食むような優しいキスを何度も落とされていくうちに、私だけが妙に恥ずかしくなってくるのはいつものことで。
慣れていこうと思っていても、ワタルに優しく触れられるくすぐったさと恥ずかしさになかなか慣れない私は、いつも苦し紛れにそのキスを両手で止める。しかしながら今回は、その役目は手の中にあるアイテムで代用された。
ワタルの顔が離れた瞬間に、ピッピにんぎょうをワタルの顔と私の顔の間にねじ込む。ぽすんと、ワタルの唇がピッピにんぎょうに触れて、その時の驚いたようなワタルの表情が珍しくて思わず笑ったら、優しく「こら」とたしなめられた。
「きみに触れたい」
「恥ずかしいので、だめです」
「このにんぎょうをどかしても?」
「だめですー」
「そうか。わかった」
両手で掲げていたピッピにんぎょうがひょいと取り上げられる。私とワタルの間にあったものが無くなって、視界から消えたピッピにんぎょうは力なくコロリと側のソファーの上に転がされた。思わず転がったにんぎょうへと伸ばそうとしていた手が取られて、引き寄せられる。ぶあつい胸板でキャッチされたのは、今度は私だったらしい。
上げられた顔、しっとりして落ちている赤い髪がワタルのグレーの瞳を少しだけ隠す。隠しきれていない熱のこもった瞳でまっすぐ射抜かれたら、私の心なんてひとたまりもないというのに。
至近距離で見つめられて、くらくらする。ワタルの匂いと体温にあてられてどうにかなりそう。ぎゅっと目と口を閉じたら、フッと笑う声がすぐそこで聞こえた。
「降参かいと聞こうと思ったんだが、どうやら降参するのはおれの方みたいだ」
「……?」
「ずるいな、きみは」
最後まで余裕でいられる気がしないよと、ワタルが私の額に唇を寄せる。最後までって、なんの最後までだろう。なんて聞くのは野暮かもしれない。頬に触れた手が、腰に回された腕が、私が手を添えた胸板がどことなく熱い。どきどきと聞こえる音は、きっと私だけじゃなく。
視界がワタルの顔でいっぱいになる直前、ソファーに転がったピッピにんぎょうのピンク色がやけに目についた。