ワタルの朝が遅いのはたいへん珍しいことだった。お仕事に向かう朝も休日の朝も、同じように早く起きてはトレーニングといって相棒のカイリューと朝のお散歩に出掛けていくのだけれど、今日はそれがない。
しかしながらそのルーティンが出来ない、しないことにも理由がありそうで、昨夜のワタルはとにかく帰りが遅かった。諸々の案件が長引いたのか、ぐったりして帰宅したのを迎えたら、ひどく心配されてしまったのはなんともワタルらしいけれど。目が覚めただけだよと言っても、無理矢理寝室に押し込められてしまった。そのときは渋々寝たけれど、朝起きたときにしっかりと抱き寄せられている状況に、全部許すことにした。
「おはよう、ワタル」
「ん……」
「昨日遅かったよね、おつかれさま」
「……いや……おれの方こそ、昨夜は起こしてしまってすまなかった」
昨夜の帰宅時間が時間なだけに起こすのもはばかられたけれど、せっかくの休日はずっときみと一緒にいたいと微笑まれたいつかの休日のことを思い出しながら、ゆっくりと声をかける。
ワタルはいつも優しい。自分のことよりも、すぐに私の心配をしてくれるのだから。
「そんなこと気にしないで。朝ごはんできたけど、食べる?」
「ああ、いただくよ」
ベッドに身体を沈めたまま、寝起きで少し掠れた声でうなずくワタル。その朱色の髪が四方八方に跳ねて隙だらけの姿は、いつも完璧で挑戦者を穏やかに煽り立てるチャンピオンの風格からは遠く離れたもので、なんだか可愛いなと思ったのは心のなかに留めておくことにして。(口にしたところで「ほう?」と怪しく笑うワタルに何をされてしまうのか分からないので!)
ただ、普段私よりも起きるのが早く、滅多にこんな姿を拝むことはできないので、今日だけはこのワタルを眺めることを許してほしい。
「…………」
「……きみがそうやっておれのことを見下ろしてくれるのも新鮮でいいんだが、それじゃいつまでたっても起き上がれないな」
「ぶつかっちゃう?」
「おや、それが目的かい」
「そうだったりして」
ベッドに転がったワタルをじっと見下ろして、彼が起き上がるのを邪魔するかのように動かないでいると、眉を下げたワタルに微笑まれてしまう。大前提として珍しい状況であるとしても、なんだかその姿が新鮮で、いとおしくて。
ちょっとだけイタズラしてみたい気持ちに、ワタルの言葉に意地悪く笑ってみたら。
「じゃあ、そのご期待にお応えしないとね」
ベッドに投げ出されていたワタルの手が、ぐいっと私の腕を引いた。ベッドを覗き込む人にそんなことをすれば、必然的に身体は彼の上に倒れこんでしまうわけで。普段から鍛えていて逞しい胸板が迎えてくれるにしても、さすがに全身で倒れこむわけにもいかず、とっさに引かれていない腕をワタルの顔の横に突いた。まるで覆い被さるみたいなシチュエーションに、かあっと顔が熱くなった瞬間。
今度は音もなく私の首後ろに添えられた手に、強い力で引き寄せられた。待っていたのは、ワタルの唇。
「ん、ッ!」
驚きで声が漏れるも、しっかりと重ねられていてくぐもった声しか出ない。突いていた腕の力なんてあっという間に抜けて、その身体に全身を預けてしまう。掴まれていない手で腰を撫でられてしまったら。
ちゅ、という音をたてて唇が離れていく。満足そうに笑ったワタルが「おはよう」と甘く囁いた。
「全部がずるい……!」
「ははは! いい朝だね」
「いい朝〜!」
ワタルに跨がったまま、身体を起こして顔を両手で覆う。腰を撫でられてゾクゾクしてしまいましたなんて言ったら、こんな爽やかな朝に似つかわしくない雰囲気になってしまう。
思わずその劣情込み込みでずるいと叫んだら、笑顔のワタルに抱きしめられた。いや、厳密に言えば起き上がったワタルが私のお腹に顔を擦り付けてきたというか。
「可愛いから全部許した……」
「……ほう?」
思わず溢した言葉を拾い上げたワタルに、しまったと思う頃には。