「貸してごらん」
私が悪戦苦闘しているのを見てか、ワタルさんが私の手の中からヘアアクセを取り上げる。あまりにも情けなくて、思わず呟いた謝罪の言葉は、ワタルさんのからりとした声にかき消される。髪が引っ張られる感覚と、それからぱさりと一房落ちてくる感触。ワタルさんがふむ、と考え込むような声をあげた。
「量が多いものですから……」
「……じゃあ、これなんてどうだろう」
俯く私の前に差し出されたのは、綺麗なかんざしで。派手すぎず、地味すぎず、だけど可愛らしい花の装飾がされたそれは、見るからにお高そうで。ちょっと待ってと言う声は制されて、それから上げようとした顔も制された。座って、という優しい声と、肩を押さえる大きな手のひらに、渋々もう一度腰を落ち着ける。ワタルさんは「いい子だ」と言って笑った。
どうしてワタルさんが絶妙なタイミングでそんなかんざしなんて持っているのか、問い詰めようと口を開く前にワタルさんの穏やかな声が落ちてくる。一瞬髪を引かれる感覚、その後には、落ちてくる髪もなく。
「これでどうだい?」
「……」
「うん、綺麗だ」
目の前にある鏡には髪をきれいに結い上げられた自分がうつっていて、軽く頭を傾けてみると、かんざしの花の飾りがきらりと光った。それを見て、ワタルさんが目を細める。ほつれた髪を指先で撫で付けるようにして、ワタルさんはその両手を私の肩に乗せた。
私が手間取っていたヘアアクセよりも単純な仕組みのかんざしひとつで、ここまできれいに仕上げられるなんて。一体この人は、どこまで完璧な人なんだろうか。
「なにせ、実家が古いしきたりばかりなものでね。かんざしを挿すのは慣れてるんだ」
「でも、ワタルさんが使いこなしてるのって」
「ああ……それに関しては弁明の機会が欲しいかな」
微笑んだワタルさんが、少しだけ驚いたような顔をして私の耳に唇を寄せた。流れるようにキスを落とされて、耳が熱を持ったように熱くなる。恥ずかしい、という声が果たして聞こえたのか、聞こえないふりをされたのか。親族の手伝いだよと言う声は、あまり耳に入ってこなくて。
するりと首筋を撫でられる。結い上げられて無防備になったそこに、ワタルさんの指先が触れた。
「そのかんざしはきみに贈ろう。他に好みのものがあれば、いくらでも。きみに」
優しく、甘く、溶けるくらいの囁きに、今はまだ大丈夫ですと、小さく答えるしかできなかった。