秋の夕刻

「やあ。いつにも増して寒そうだね」
「お疲れさまです……逆にいつも暖かそうで」
「こう見えて厚着してるんだ。寒いのは得意ではなくてね」

 いつも通り片手を挙げる挨拶をしながら集合場所に現れたマント姿に、思わずぎょっとしてしまう。年中無休で同じ格好をしている(ただし変装して潜入捜査をしているときを除く)と言っていたのは確かだけど、まさか真冬の夕刻にその格好をしてくるとは思ってもおらず、つい真っ先に出たのは少しの嫌味で。
 ドン引きしている私に気が付いたのか気が付いていないのか、嫌味を察しているのかいないのか、マントをひらりとはためかせたワタルさんは優しく微笑んだ。
 私もそんなに薄着をしているわけではないのだけれどと思いつつ、自分の服装を見下ろしてみる。寒いのは好きではないので、簡単な雪山には入れそうなくらいの防寒服装をしてきた勢いではある、が。まだまだ寒さには勝てそうになく、こうして集合場所にある少しでも暖を取れる日の当たる場所を選んで立っているというのに、目の前のチャンピオン兼ポケモンGメンの同僚は、いつも通りの格好をして颯爽と現れた。
 まさに超人。知ってはいたけど人並みという概念を軽く跨いでくる人。それがまた、ある意味とんでもなく恐ろしいと思われているとも知らず。
 寒そうだねという言葉は、貴方に言われたくないんだけどと返そうとして、やめた。いくら重ね着をしているとしても、その格好で平気な顔をして挨拶をしてくる時点で、多分この人には何を言っても効果がないに違いない。寒いのが苦手とか、それがたとえ嘘じゃないとしても、私たちの苦手とは格が違うとみた。
 そういえば、ワタルさんの地元はフスベシティの山奥と言っていたっけ。雪の積もる山奥に実家がある人と、あたたかい海辺の街に実家がある私からしたら、越えられない隔たりがあるんじゃないかとは思う。それこそリフレクターとか比べ物にならないくらいの隔たり。寒いのが得意ではなくてねと笑う姿を思い出して、やっぱり信じないでおこうと首を振った。

 寒い寒いと震える私の腰のホルスターでモンスターボールが揺れる。何事かと振り返ったら、パシュンという音がして、トレーナーである私の指示を完全に無視した一匹のポケモンが飛び出てきた。誰だそんなヤンチャなことをする子はと、出てきたポケモンに目を向ける。
 姿を現したのは、育てている最中のリザードだった。

「こらリザード、勝手にボールから出ないの」

 慌てて腰からモンスターボールを引っ張り出して入るように促すも、リザードは全くその気がないようで、ぷいと顔を背けて腕を組まれてしまった。さすがにそんな反応を自分のポケモンにされたことはなく、困惑して肩を落とす。爽やかに笑うマント姿は、楽しそうに私のリザードに視線を合わせた。

「はは、きみのリザードは元気だね。誰に似たんだろう」
「余計なこと言わないでください……」

 はははとマント姿の肩が楽しそうに揺れる。目を細めて無邪気に笑う姿は大変格好よくは見えますけども、言ってることはそこそこ毒性ありますからねと口を尖らせる。まあ、そんなこといちいち気にしていたらきりがないと、私は諦めて手に持ったリザードのモンスターボールを腰のホルスターに戻した。
 リザードは元気よく口から炎をひとつ吐き出すと、そのままのしのしと私の前までやってきて、しっぽの先を寄せてくれる。しっぽの炎が直接当たるからか、寄せられた先はぽかぽか温かくて大変に心地がよい。やだ、いつの間にそんな気遣いが出来る子になったのかしらと、勝手にボールから出てきたことを棚に上げて思わずその身体を抱きしめれば、リザードも誇らしげにフンスと鼻を鳴らした。

「体温も高い……最高……」
「ぎゅあ」
「ほう。そんなにかい?」
「この子がこんなに温かいなんて知りませんでした」

 ぬくぬくと、まるで湯たんぽを抱えているような感覚に夢見心地とはまさにこのことかもしれない。リザードはそんな厄介な主に迷惑がるそぶりもなく、自慢げにフンスフンスと鼻を鳴らしているのでまんざらでもなさそうで。もう一度腕に力を込めて目を閉じれば、やってきたのは心地よさ……の前に、なぜか何かに包まれる感覚。慌てて閉じていた目を開けば、そこにいたのは。

「な、なに!」
「いや、羨ましいなと思ってね。おれも混ぜてくれないか?」
「混ぜ……はあ?」
「はは、まあまあ」

 どうやら私とリザードをまとめて抱きしめていたのはワタルさんだったようで、本人は気にする様子もなく私の言葉ににこにこしながら腕に力を込めた。その大きな手のひらが私とリザードをがっちりと掴み、抱き寄せる。リザードに関してはそれがどうやらあまりお気に召さなかったようで、露骨に顔をしかめている。けれども、ワタルさん本人が言っていたのも理解できるような温かさは一応彼にもあるようで、その腕の中はリザードに比べたら当然劣るものの、十分にぽかぽかしていた。風を遮るマントのおかげだろうか。香るワタルさんの柔軟剤のような優しい香りに少しだけドキドキさせられてしまう。リザードが文句を言うようにひとつ鳴き声をあげた。

「どうやらリザードには嫌われたようだ」
「急なことするからじゃないですか?」
「さて、どうかな。きみを取られると思ったのかもしれない」
「まさかあ」

 からりとワタルさんが笑って、そんなワタルさんから距離を取ったリザードが私の後ろに隠れるように引っ込む。よしよしとその頭を撫でたら、満足そうに目を細めた。
 ワタルさんも目を細めながら腕を組む。少しだけ首を傾けて語る口調はどこか楽しそうにも見えた。

「男はみんなそうだよ。大切な子を誰かに取られまいと必死だ」
「……経験者の口ぶりですね」
「さあ、どうだろう」

 ご想像にお任せするよと言って、ワタルさんはその手を私の肩に乗せた。大きくて、暖かい手のひらにはたくさんの傷跡があって、その努力が伺える。きっとこの寒さも、ワタルさんは昔から何かしらの経験を積んだからこそ平気なのであって、きっとご実家のフスベシティでたくさん努力をしたのだろうとは思う。見た目は普段着で、マント姿で、だけどひとつの防寒具も身に付けていない姿。……改めて見るともちろん超人的だけれども。

 ワタルさんが、さてと一言声をあげる。なんだかんだで時間もちょうどよく、沈みかけた夕日が私たちを照らしている。今から寒い夜と朝の仕事をこなす合図のような赤色は、ワタルさんの髪の色みたいだと思った。背中にいたリザードも、いつの間にか自分でボールに戻ったようで、集合場所には私とワタルさんの姿しかなく。冷たい風になびいたマントがバサリと音を立てた。

「さて、夜の始まりだ。行こうか」
「了解です」

 吹いてくる風は冷たかったけど、リザードのおかげとワタルさんのおかげか、手のひらはぽかぽかと温かかった。