衣装

 和服を着るのは慣れていないわけではなかった。故郷であるフスベの家では何かの行事につき袴を着ていたし、親族が集まる場でも公式な場面では着るように言いつけられてきた。和装は洋装に比べて動きづらいこともあり、好んで着ることはなかったが、まさかパシオという地元のジョウトから離れた場所で、こうしてジョウトの伝統衣装を着ることになるとは。この人工島では色々なことが起こるものだなとしみじみと思い返しながら、羽織紐を結んだ。
 ポケモンセンターの一室を借りて着替え終わったおれが、草履の音を響かせてロビーに出る。辺りがざわつくのはいつものことではあったけれど、こうして衣装に身を包むと余計に目立つというのは、初めて知った。衣装替えをした他のトレーナーたちもこんな気持ちだったのかと、集まる視線に苦笑いしていると。「ひゃあ」という驚いたような、同時にからかっているようにも聞こえる声がおれの耳に届く。視線をそちらに向けたら、同じチームを組んでいる彼女が片手で口元を覆いながら目を見開いていた。

「ワタルさん、見違えました……見るからに上等なお召し物」
「おれはからかわれているのかな」
「まさかあ! 本心ですよ。お似合いです」
「はは、それは疑って悪かった。ありがとう」

 どうやら本心で誉めてくれていたらしい彼女は、からりと笑って小さく拍手をする。そして一呼吸の後、ゆっくりとした動きでおれの前までやってくると、じっと衣装を見つめてきた。そんなに物珍しいものでもないと思っていたが、それはおれがこの服装に見慣れているからであって、色々な地方から人が集まってくるパシオでは、きっとそれぞれの地方特有のものが物珍しく感じるのだろう。彼女の故郷はシンオウといっていたか。
 触ってごらん、と袖の振り部分を差し出す。恐る恐るそれに触れた彼女は、驚いたような顔で眉をひそめて「高そう……」と呟いた。高いか安いかは、この着物を用意してくれた故郷の屋敷の人間に聞いてみないと分からないけれど。

「きみはこの服を見たことがなかったのかい? シンオウとジョウトはさほど離れていないと思うけど」
「直接見たのはこれが初めてです。シンオウは寒いですから……話しか聞いたことなくて」
「そうか」
「あ、でもイブキさんのは写真でチラッと見せてもらったことありますよ。ジョウトの衣装は着込むのが面倒くさいのよ、とか言ってて」
「ははは! そうか、イブキがな」
「苦手とも言ってました」

 似合ってたなあ、と笑う彼女を見ながら、むかし屋敷で悪戦苦闘していたイブキの姿を思い出す。今ではさらりと着れるようにはなっていたが、そういえばむかしはずっとごねていたような記憶がある。きっと、それを伝えたら烈火のごとく怒るのだろうけれど。
 くすくすと笑うおれを見て首を傾げた彼女は、振りから手を離すとおれの写真を撮っていいかと聞いてきた。詳しく聞けば、かっこいいからということと、イブキに見せたいということだった。まあ、正直言ってしまえばそれになんの問題もない。ただ、素直に頷くのももったいない気がした。
 ふと、お前は性格が悪いんだと、赤い髪の少年に怒られたことを思い出して笑いそうになった。なるほど、どうやらおれは性格が悪いらしい。

「構わないが、ひとつ」
「はい?」
「きみもこの衣装を着てくれないか」
「……はい?」

 同じ言葉だったが、込められた怪訝さが全く違った。貸与されたポリゴフォンを片手に首を傾げる彼女は、視線からしておれに何を言ってるんだという雰囲気で、おれも思わず笑ってしまう。残念ながら、そんな雰囲気だけで諦めるおれではないが。

「でなければ、写真の話もなしだ」
「ちょっ……ズルくないですか?」
「どこがだい? 正当な交渉だと思うけれど」
「ウウン……私も着るんですか? イブキさん曰く、すごく時間かかりますよ?」
「大丈夫だよ。着付けならおれが」
「…………。イブキさんを呼んでも?」
「はは、察しがいいな」
「お誉めに預かり光栄です。まだワタルさんに肌を見せる段階にはございませんので」
「……それはつまり」

 その先の言葉を言う前に、彼女はそそくさとおれに背を向けてポリゴフォンを耳にあてた。数コールを待たずして出たのか、電話の先のイブキの声が微かに聞こえてくる。どうやら散々おれの悪口を言っているようにも聞こえるが、さてどうだろうか。
 腕を組んで、片手を口元にあてる。自分でも驚くほどに緩んでいたらしいそれに、思わず吹き出しそうになってしまった。どうやらおれ自身が思うより、表情は単純らしい。彼女のポリゴフォンにあてていない方の耳が赤いのを見て、さらに口元が緩んだ。

「まだ、か。これからが楽しみだな」

 どうやらまんざらでもない彼女のその手を引いて、一緒にパシオを散策すれば彼女の頑なな気持ちも少しは変わるかと、イブキと話す彼女の背中を眺めて小さく笑った。