感謝の気持ちとお返し

「ひえー……タワーになってる」

 年に一度のサンクスデイ、この日に備えて全身全霊で取り組む人もいれば、私のようにライトなものを用意して配る人もいたりする、感謝を込めたプレゼントを贈る日。その日のポケモンリーグ本部はなかなかの盛りあがりをみせていることは、もはや毎年の恒例行事になりつつあると思う。目の前に立ち塞がる大迫力のプレゼントタワーを見て、ちょっと苦笑いした。
 たぶん同じようなもの、いやむしろこれよりも高い山が、リーグ本部の受付前にある専用テーブルに積み上げられているであろうことを考えると、職員のみで作られるリーグ内のタワーはまだ比較的平和なのかもしれないなと、持ってきた紙袋を持ち上げながら考える。

「相変わらず大人気だなあ」

 山を眺めつつ五つ分をひとつひとつ置いていきながら、感謝の言葉を心のなかで呟く。四天王の皆さん、それからチャンピオンのワタルさん。いつもいつも、リーグのためにありがとうございます。今年もだいぶ盛り上げて頂きまして、おかげさまで評判は上々です。これからもどうぞよろしくお願いします。
 まるで新年の挨拶のようだとひとり笑っていると、後ろから足音が響いてきてハッとした。リーグ内とはいえ、今日という日はいつここが混雑するか分からないし、通りすがらとはいえ一応勤務中だし、用が済んだら早々に立ち去った方がいいかもしれない。あんまり長居してもいけないなと思いながら、最後に誰よりも高い塔を作り上げているワタルさんのところ、一番隅に紙袋をそっと置く。いつもお世話になってますとご挨拶を申し上げようとしたところで、肩が柔らかく叩かれた。いけない、何か仕事が入っちゃったんだろうかと、その手を追って慌てて振り返る。振り返って、一時停止した。

「す、すみません! 今すぐ戻り……」
「すまない、取り込み中だったかい?」
「……ます……」

 まさかの姿に、一時停止したあとの言葉が時差のようにやってきて口からこぼれた。「ます?」と不思議そうに言いながらも優しく微笑む姿は、まさに今、私が日頃の感謝のプレゼントをタワーの隅に立て掛けた張本人、さまで。上手いこと言葉が出てこずにはくはくと口を動かして息だけ吐く私に、突然現れたワタルさんはどこか楽しそうに目を細めて笑った。その表情は、どうやら私が何をしていたのかしっかり目撃していたらしい顔で。

「おれに黙って置いていくつもりだったのかい?」
「いや、その……お忙しいかと、思いまして」
「そうだね。忙しくないと言ったら嘘になるけれど」

 ワタルさんが顎に手を当てて私をじっと見下ろす。まさか張本人とエンカウントするなんて、思ってもみなかった。とはいえ、エンカウントしたところで正面きってプレゼントを渡しながら感謝の気持ちを述べるなんてこと、できないだろうけれど。それはもう、とてもとても恥ずかしくて。

「きみから貰えると知っていたなら、時間くらいいくらでも作るさ」
「うう……」

 向けられた誠実な気持ちに少しだけ待ってくださいと言ったあの日から微塵も変わらないワタルさんから向けられる言葉。優しくて甘いそれに、いつからかどきどきさせられるようになってしまった私は、今日もうるさい心臓をぐっと押さえて小さく唸った。あまりにも甘やかされるので、ぐうの音も出ない。

「でもせっかくだから、この場で直接きみから頂こうかな」
「ワタルさん、いじわるだ……」
「ははは! うん、おれはいじわるだよ」

 朗らかに笑ったワタルさんが、キョロキョロと辺りを見回してからどこかに視線を向ける。どうしたんだろうとその視線を追うと、ワタルさんの手が私の背中に触れた。おいで、と言われているように、優しく押される。慌ててワタルさんあての紙袋を掴むと、ワタルさんはニコリと微笑んで、人差し指を唇の前に当てる。

「あえて公衆の面前で、を希望するならおれも受けて立とう」
「!!」

 そういうことかと慌てて振り返ると、さっきまで私のいたところに向けられる視線、視線、視線。気が付いた途端、顔に火がついたかと思うほど熱が集まった。そりゃあそうだ、今日という日に、混雑が予想されるような場所で、たくさんの人からプレゼントを贈られる張本人が、ひとりの前で微笑んでいる。公開処刑だとようやく察したとき、ワタルさんだけが楽しげに笑っていた。

***

「きみから貰えるなんて、光栄だなあ」
「……がっかりさせたら申し訳ないんですけど、中身は四天王の皆さんと同じです、ので」
「中身はってことは、見た目は違うのかい?」
「えっと……ちょっとだけ」
「うん、それだけでもおれは嬉しいよ」

 公衆の面前で、というのは回避できたけれど、結局は置き逃げが出来ずに本人に向かって手渡しをするということになってしまったあと、恥ずかしくて卒倒しそうな私の前で、マント姿のワタルさんは終始嬉しそうに微笑んでくれた。そんなに喜ばれると、嬉しいを越えてなんだか申し訳なさすらある。言わなければ気付かなかったであろうものを素直に白状したのもそのせいだったけれど、どうやらワタルさんにとっては些末なことだったらしい。
 優しく微笑んだワタルさんが、プレゼントから私に視線を移す。そのグレーの瞳に、息を飲む。伸ばされた指と一緒に、名前を呼ばれた。

「触れてもいいかい」
「は……はい」
「ありがとう」

 伸ばされた指先が私の頬に滑り、それから優しく撫でられる。くすぐったいな、と思いながらも嫌じゃないのは、きっと私もワタルさんにそうされることを望んでいた、のかもしれない。あの日あの時、ワタルさんから向けられる気持ちに素直に頷けなかったけれど、きっと今なら頷ける気がした。

「あの……前の、お返事ですけれども」
「うん」
「よ、よろしく、お願いします」

 視界の隅でマントがふわりと揺れる。高そうなマントだな、と思う頃にはワタルさんの腕が私の背に肩に回されていて。ワタルさんいい匂いがするな、そう思って目を閉じたら、どきどきとうるさい心臓の音が耳に届いた。私のも十分うるさいけれど、もしかして、ワタルさんも。

「あの、ワタルさん」
「ん?」
「ワタルさんも、どきどきしましたか?」

 ふ、と笑ったワタルさんの腕の力が強くなる。ぎゅうっと抱きしめられて、その胸板に押し付けられた耳からさらに速くなった鼓動が聞こえてきて。

「きみの前ではずっとドキドキしてるよ」

 まさかあ、とは思ったけれど、今日ばかりは口にしないでそっと飲み込んでしまおうと、誰も通らない廊下の隅で、そのがっしりした身体に腕を回した。