「七夕だからといって何があるわけでもないけど、とりあえずお願い事をするならば、私はこれからもずっとダイゴと一緒にいたいです」
「……ものすごく嬉しいことを言ってくれてるのは分かるし、ボク自身口元が緩むのも確かなんだけど、それを正面きってボクの前で言ってくれないことについては、向こう1年根に持つつもりでいるよ」
淡々と、本当に淡々と、彼女はまるで何かの台詞を言うかのように、ボクが聞いて嬉しくないはずのない言葉をくれた。
七夕だからといって何かあるわけではないのは確かで、現に彼女が視線を一切ボクに向けずに眺めている窓の向こうでは、しとしとと降りやまない雨が一日中続いている。時間のことは置いておくとしても、これから出掛けようかなどと言って気軽に外に出られる天気ではない。
昨日までは晴れていたのにねと、彼女が窓を眺めはじめてすぐ声をかけたときには、返ってきたのは「うん」という簡単な返事だけだったのに。淡々としていたけど、何かの台詞みたいだったけど、まさかあんなに情熱的な言葉を貰えるとは思ってなくて、完全に不意打ちだった。実を言うところ、今ボクの顔は確実に赤い。彼女からの言葉が、シンプルに嬉しい。
だけどそこは良いか悪いか負けず嫌いなボクで、淡々とした彼女の言葉を素直に受け取りきることができずに、思わず同じように単調に返してしまう。意味深に含みを持たせたボクの言い方に彼女も気になったのか、とうとう視線を窓からボクに向けてくれた。
一応想定通りではあったけれど、ここで手の内を明かしたら、あまのじゃくな彼女はまたそっぽを向いてしまうだろう。ニッコリと笑って、窓のそばに立つ彼女を後ろからゆっくりと抱きしめた。
「根に持ったら何があるんですか」
「ボクの欲しいときに欲しいだけ、きみにその言葉を言わせようと思ってる」
「欲しいときに欲しいだけ……」
するりと、彼女の耳元へ唇を寄せる。びくりと肩を揺らした彼女が身動ぎして顔を背けようとするのを見て、ボクは思わず笑ってしまった。
ダイゴに耳元でボソボソ話をされるのがくすぐったくてすごく居心地が悪い、そんなことを彼女が言っていたのを思い出す。だから今こうして、わざとらしく耳元で話そうとしているわけだけど。
「例えばボクが仕事で疲れて帰ってきたときとか、ご飯を食べているときとか、あとは……そうだね。ベッドの上でも言ってもらおうかな」
「そ、それはムリ!」
彼女のお腹の前で組んだ手のひらを、彼女がぐいっと押し退けようとする。だけどその辺りの力の差は歴然で、ボクの手がそれくらいの抵抗で離れるわけもなく。ボク的には抵抗されれば一層負けるもんかという気持ちが強くなるタイプだから、逆にこれでもかというくらいに彼女に近付いて、それから彼女の耳に唇が触れそうな距離で、囁いた。
「じゃあ、この場でもう一度言ってくれるかい?今度はボクの前で。ああ、ボクの腕の中で、かな」
「は、ずかしいから、イヤ」
「イヤなら、今夜は寝かせてあげない。せっかくの七夕の夜だからね」
「七夕関係ないじゃん……!」
「あはは、確かに直接の関係はない。でもボクはきみの口から、さっきのお願いが聞きたいんだ。いいよね?」
イエスの答えしか用意させない意地悪な言い方で詰め寄るボクは、みんなが言う出来た人間なんかじゃなく。ボクの手を振りほどこうと掴んだまま、耳のくすぐったさから逃れようとする彼女の身体を一層強く抱きしめる。彼女が「うぅ、」と諦めの声を漏らした。
「これからも、一緒に、いてください」
「誰と一緒にいたいのかわからないよ?」
「い、意地悪!最低!ひどい!」
「ボクは意地悪だから、教えてほしい。きみが一緒にいて欲しいと願うのは誰?」
「……私がずっと一緒にいて欲しいって思うのは、ダイゴだけ……なんだから」
「うん。よくできました。可愛さも追加してくれてありがとう」
抱きしめていた腕を離して、彼女の身体をぐるりとこちらに向ける。耳まで真っ赤にして俯く彼女は、見ないでと視線を逸らしたけど、そんなのはもう関係なくて。
さっきまで彼女を拘束していた手のひらを、その柔らかい頬に滑らせる。両手で持ち上げて無理矢理合わせられた視線の先、彼女の瞳は潤んでいて。羞恥か、もしかしたら嬉しすぎて?なんて、ハッピーなことばかり考える自分の頭に苦笑いをして、そのおでこに自分のそれをコツリとぶつけた。
「その願いは、ボクが叶えてあげる」
「ダイゴしか叶えられないよ」
「うん、それもそうだ。ボク以外に叶えさせてなんてあげない。だってきみはボクの恋人だからね」
「……改めて言われると、ものすごく恥ずかしいから、イヤです」
「じゃあもっと言ってあげる。きみが好きだよ。大好きだ。この世のどんな石よりもきみが一番輝いている」
「褒め方が独特……」
「でもこんな風にきみに愛を囁けるのも、ボクだけなんだよね」
「そうじゃなきゃ、困るでしょ」
「困る。ものすごく困る。ボクはこう見えて嫉妬深いから、そんなことされたら暴れ回るよ」
「やりかねないから……やめて……」
すり、と彼女の頬を撫でる。指先でそのやわい耳を撫でる。目を細めた彼女がボクの手に自分の手を重ねるのを見て、ボクはその桜色の唇にゆっくりと口付けた。
「これからもずっと一緒にいよう。きみを一生大切にする」
「なんか、プロポーズみたい」
「そう受け取ってくれても構わないけどね」
驚きに目を見開いた彼女が何かを言いかけた唇を唇で塞ぐ。急すぎるだとか、どういうこととか言いたかったんだろうけど、バタバタとあばれるその身体をすっぽりと抱き込んだら、彼女は大人しくなった。
プロポーズに関しては、事前準備を完璧にして、改めてちゃんと申し込みさせてもらうから。だからそのときも、またこうして耳まで真っ赤になった顔で、潤んだ瞳で頷いてほしい。そんなボクの願いも、願い星にお願いしたら、叶えてくれるだろうか。
いや、きっと願い星じゃなくても彼女なら。ボクの背中にゆっくりと回された腕の感覚に、確信に似た何かがボクの心を満たしてくれた。