出張前夜

「明日は朝早いのかい?」
「うん……出張……」
 早めに入ったお風呂のあと、少し乱暴に髪を乾かす私の後ろにワタルさんが立つ。振り返るより先にかけられた声に肩を落とすと、大きな手が肩に乗せられた。
「あまり乗り気じゃないようだけれど」
「乗り気なもんか……お仕事ですよ……」
「はは、そうか」
 ワタルさんの手のひらが私の髪に指を通す。まだ乾きかけだから、重たい髪の先は濡れてるように思うけど、全く気にする様子のないワタルさんは、私の頭に顔を寄せると優しく微笑んだ。どこか、ご機嫌なようにも見える。
「なんか楽しそうですね?」
「楽しい? まさか。寂しいなと思ってね」
「……」
「ははは! 心外だな。信じてくれないのかい」
「信じてないわけじゃないけど……」
「けど?」
「あんまり寂しそうじゃないなと」
 はて、と目を瞬かせたワタルさん。少ししてから、またふわりと微笑んだ。うつむきがちに私の髪に触れるその表情の全部は、伏せられた瞳からは伺えないけれど。怒ってるようではなさそうだから、いいかな、なんて。
 ワタルさんの指先を避けるようにしてタオルを首にかけて、それからドライヤーへと手を伸ばす。伸ばした手は、ごつごつとした手に横からさらわれてしまった。
「ワタルさん?」
「きみがいない間、おれがどれだけきみのことを考えているか」
 ワタルさんの低い声がすぐそこで聞こえて、吐息が軽く耳に触れる。髪に触れて濡れたからか、やや冷たい指先が私の手を握りしめた。背中に当たるワタルさんの胸板が、とても、熱い。
「これでもかというくらいに知ってもらいたいところだが、明日が早いとなると仕方がないね」
「……早くなかったら、危なかった、かも」
「さあ、どうだろう。はは、きみのことだから、間違いなく寝坊することだけは分かるね」
「もお、ワタルさん!」
「はっはっは!」
 後ろから握りしめた手が寄せられて、後ろから回された腕に身体ごと抱き込まれる。からかわれているのか、それともある種のお誘いをされているのか。
 お風呂上がりの戯れの時間では結局答えは見つけられなくて、私は未だしめったままの髪の毛で、ワタルさんの腕のなかで大騒ぎするのだった。