魔法を使える人員に限っては人数的にはこちらの方が少し不利な状況だけれど、そう思わせないほどにシルバー先輩が次々とどろどろを攻める。
「えっ、『闇』の拙者はもうダウンしてるんだが。ナマエ氏のイメージする拙者は弱すぎんか?」
「強さって私のイメージなんですか? ごめんなさい、きっとイデアさんって未知数だから」
「ンンッ……ギリ許す」
「やったあ」
というより、イデアさんは関わりも少なく戦っているイメージがあまりにもなさすぎるためにそうなっているのだろう。逆に実戦魔法の合同授業で何度も見たセベクとオルトの魔法や魔導ビームは、違和感なく現実と同じ威力で放たれている。
「くっ……ナマエのイマジネーションが反映されていると少し厄介だな」
「そうだな、オクタヴィネルの三人が面倒だ」
いつの間にやらどろどろのシルバー先輩をシルバーが倒してしまっていたらしい、そんな彼が苦戦していたのはオクタヴィネル寮の三人に対してだった。私も先程から、申し訳ないながらも副寮長に向けて氷魔法を飛ばしているけれど、まるで効いていない。それも、シルバー先輩とジャミルさんの言葉通りだろう。
私はオクタヴィネル寮の幹部の三人のことを買っている。もちろん馬術部の先輩方のことも尊敬しているし、他の寮の寮長たちも強いことは認識している。その中でもイデアさんは反映されていなかったようだけれど。しかし、私はあの三人がいれば絶対に大丈夫、という自信がある。それがこの夢に反映されている。きっと現実の彼らより強くなっているのだ。実戦魔法の授業で手合わせをしたことがある二年生の先輩方の反応が、その事実を物語っている。
「特にフロイド先輩が手強いな……」
「ナマエ・ミョウジさんのフロイド・リーチさんに対する絶対的信頼が反映されているんだろうね」
「そういうとこも反映されるの恥ずかしすぎるでしょ」
「恥ずかしがっている場合ではない。来るぞ!」
闇オルトと闇セベクもどろどろと溶けていき、ついにオクタヴィネルの幹部のみになった今、こちら側の勢力が少し息を上げた。私がリーチ兄弟のユニーク魔法を未だに把握していないのが救いだ。現実でこのような戦闘が起こってしまえば私の無知さは弱点になるものの、この場ではそれも反転する。
それにしても、これだけの人数と実力で挑んでもなお敵わないなんて。
「もう、全然効かない!」
「おいナマエ、下がれ! 無理に詰めようとするんじゃない。ブロットが余計に溜まるぞ!」
「……っ、わかってます!」
「夢の中とはいえ闇雲に魔法を撃つな!」
私とは反対に、冷静なジャミルさんからの的確な指示。そんなのわかってる。けれど未熟な私はまだがむしゃらに魔法を撃つくらいしかできない。氷魔法も風魔法も少しも効く気配がなく、先輩方の足を引っ張っているような気がしてならない。
――すると。先程まで私たち全体を目がけて飛んできていた魔法が私だけに向いた。咄嗟に防衛魔法を発動させて難を逃れるけれど、それも一瞬だ。
「うわあっ!!」
「ナマエ!!」
セベクやシルバー先輩が私に手を伸ばしてくれるけれど、それを掴むことはできなかった。私のイマジネーションの中にこんなのは存在しない。私の周りを黒いどろどろが覆い、セベクやシルバー先輩、周りと遮断された。辺り一帯のどろどろに沈むことはないのに、その場から動けない。どうやら、『闇』であるフロイド先輩や寮長に腕を強く掴まれているらしい。温もりなんてものは微塵も感じなかった。
「やだ! 離して!」
音は完全に遮断されているらしい。自分の荒い呼吸と、喉の奥で震える声だけがやけに大きい。暗闇の中で、不思議と私と『闇』の三人の姿だけは輪郭を持っている。けれどその目は、私を見ているはずなのに、何も映していないようだった。腕を掴む指が食い込む。冷たい。冷たいのに、逃れようと力を込めるほど強く締め付けられる。現実の三人なら、絶対にこんなことしないのに。
怖い。肺がうまく膨らまない。喉がひりつく。魔法を使おうと意識を集中させても、動きが封じられているせいか何も応えない。誰か、助けて。恐怖から逃げるようにぎゅっと目を瞑る。その瞬間だった。
「ん……?」
やけに強く幽香が広がった。この香りはよく知っている。知っている香りなのに、いつもよりも濃い。それと同時に、私を掴んでいた『闇』の力が緩み、私の周りを覆っていたどろどろまでその場に溶けていった。今のは、一体。
見慣れたモストロ・ラウンジに立ち尽くしていると、間もなく遠雷のような声がこちらに届いた。
「ナマエ! 無事か!」
「う、うん……大丈夫みたい」
さっきのは、紛れもなくクルーウェル先生にいただいた練り香水の香りだ。ほとんど毎日つけているから、よくわかる。唐突な解放から状況が理解できずに、『闇』の三人がいた方向に目を向けると、床に膝をつけて怯んでいる様子だった。この事態の答えを導くためのヒントは、先程の花の香りだ。
『その香水には多少の魔力が込めてある。ミョウジが危険にさらされたとき、もしかすると助けてくれるかもしれないな』
そうだよね、クルーウェル先生。
幸いにも『闇』はまだ怯んでくれている。私の隣に並んだセベクとシルバー先輩が『闇』の三人に向けて警棒を構える。夢に落ちる前も、夢に落ちてからも、夢から醒めても、私は守られてきた。守られてばかりは嫌だ。
腕を伸ばして私より前に出ようとした二人を止める。私の大好きなオクタヴィネル寮の三人を騙った『闇』は、私がこの手で倒す。
白い宝石の輝くマジカルペンを、胸の前に構えた。魔力がみなぎって、胸の内が熱い。キラキラと小さな光が私の周りに集まる。敵は弱っている上、その姿をはっきりと捉えることができる。最高の条件だ。
「『果てまで落ちて、
詠唱と共にマジカルペンを振りかざすと、立ち上がろうとしていた『闇』たちがまた地面に伏していた。私の勝ちだ。
一歩、二歩とゆっくり近づいても、『闇』の三人は少しも私に抵抗などする気がない。それも当然だ。「抵抗する」気力すらも失っているのだから。
いくら顔が黒塗りになっていても、大好きな先輩たちの姿かたちをしたものをいたぶるのは少々気が引ける。だって、慈悲の精神を持つオクタヴィネル寮生だから。
「ごめんなさい、フロイド先輩」
寮長に、副寮長も。例え偽物であっても、私はこれからあなたたちに酷いことをします。けれど、現実の彼らはこのことを知る由もないのだから、別にいいよね。無気力でまるで人形同然の三人を女にしては鍛えられた腕力でぎゅっと一箇所に集めると、私は彼ら目がけて召喚魔法を唱えた。
「いでよ、大釜!」
どこかの誰かさんがよく使っている得意な魔法を見て覚えた。こんな馬鹿みたいな魔法、いつ使えるのかと思っていたけれど、なるほど、こういうときなんだ。
私の声に呼応するように、空間がひび割れるような音を立てた。巨大な影がゆっくりと落ちてくる。
それは見慣れたはずの大釜なのに、今はやけに巨大で、重く、禍々しい。縁から滴るどろどろが床に落ちるたび、じゅ、と鈍い音を立てた。『闇』の三人が、かすかに顔を上げる。黒く塗りつぶされたはずの目が、一瞬だけ、私を映したような気がした。
次の瞬間、轟音とともに大釜が落ちる。床が震え、衝撃が足元から骨の奥まで突き抜けた。重い金属音が、閉ざされた空間に何度も反響する。顔が黒塗りになったって、彼らの声は私が知っている声そのものだ。なのに、初めて聞くその悲痛な声に胸が痛む。
聞きたくもないその声は、『闇』の彼らの姿と共に泥沼の中へと溶けていった。ふう、と安堵の息をつく。
「まあ、罪悪感が湧かないでもないけど」
「……尊敬する先輩になかなかエグいことするっすなぁ…………」
「えーんえーん、胸がちくちくしますよ」
「す、清々しいほどの嘘泣きなんだゾ」
「……君もやっぱりオクタヴィネル寮生なんだな」
「ちょっと、どういうことですか」
胸がちくちくしているのは事実だぞ。授業以外でこんなに魔法を使うのは夢に落ちるときぶりだ。もう闇は襲ってこないだろう、安心して息を整えていると、ぽん、と私の肩に優しく手が置かれた。
「よくぞ目を醒ましてくれた、ナマエ」
「ふふ、たくさんありがとうございます」
冬の空みたいな幻想的な瞳が一心に私を見つめた。暗闇に覆われたとき、私は一人ぼっちになってしまうのではないかと怖かった。けれど今は違う。
シルバー先輩の肩越しにアンティークゴールドとばっちり目が合って、またセベクが先に目を逸らした。夢に落ちる前のことを思い出した以上、彼のことを責めたい気持ちは山々だ。しかしそれもぐっと堪えて、今度は私も目を逸らさずにじっと彼の姿を見つめていると、セベクはぎゅっと目を瞑り唇を固く結んだ。
そんなセベクを急き立てるように涼しげな声を放ったのは、私の目の前の彼だった。
「セベク」
「うっ……貴様に言われずともわかっている」
帽子を被り直すように頭を抑えたセベクは、息を整えるように目を閉じると、こちらにゆったりと近づいてきた。シルバー先輩がそっと横にはける。セベクを見守る監督生とグリムの目は、まるで授業参観に来ている親だ。しばらくの沈黙を、目の前に現れた大きな男が埋めてくれるのだろうか。私も何も言わずに彼を待つと、ようやく厚みのある唇を開いた。
「……ナマエ、すまなかった」
「うん」
「僕は今までの言動を省みて……お前たちには悪いことをしたと思っている」
目を逸らすでもなく、私の目を真っ直ぐ見てくれるものだから、逸らしたくなってしまったのはこちらの方だ。誠意を表すには、その眼差しだけで十分だった。
「私もごめんね」
「ああ。……いや、ナマエが謝ることはない」
「そう? ……じゃあ、その反省とやらをこれからの行動で示してもらおうかな」
今思い出してもセベクの言動には目が余るものがあるけれど、彼がそれを反省したなら話は別だ。もういいよ、と笑うと、微笑み返してくれることはなくまだ少し気まずそうだった。私以外のあの場にいた一年生とも和解できればいいのだけれど、現にオルトと共に行動しているのだ。しかもこの誠実な態度を思えば、これから先、仲良しとは言わずとも他の生徒とも良い学友になれるだろう。
朗らかな雰囲気が流れていたが、モストロ・ラウンジのBGMが私を引き戻した。ここは夢の中だった。
「そうだ。現状を把握できてるようなできてないような……なんですけど、どうなってるんですか?」
とりあえずここが夢の中だということは理解した。本来なら理解できないけれど、夢に落ちる前のあの記憶が証拠だ。しかし、どうしてシルバー先輩たちがこの場にいるのだろうか。この謎メンバーはなんなのだろうか。全部説明するには大変だろう、と考えながらも返事を待っていると、誰より先にタブレットからの声が聞こえた。
「と、とりあえずこの拙者が作った三分の動画を見てもらえばなんとなくわかると思うんで……」
「動画」
「そう、動画。とりま再生します」
オルトからイデアさんであったタブレットを手渡しされると、数秒経たずに動画が再生された。
◈◈◈
ここがマレウス・ドラコニアの作り出した魔法領域の中であること。しかしS.T.Y.X.とオルトの活躍により魔法領域の構築式が解析されていること。それをイデアさんが自身の夢の中にチートツールを開発するということ。それにより夢の管理者がマレウス・ドラコニアからイデアさんへと移るということ。マレウス・ドラコニアにこの作戦がバレないように私たちが彼を引き付けるということ。つまり、世界の運命を左右するような話を私は三分動画で聞いているわけだ。うーん、情報量が多い。
「んー、八割は理解できたと思います」
「それだけ理解してくださっていれば十分ですぞ」
本当はもう少し理解できていないこともないけれど、保険を張っておこう。それもイデアさんの作ったかわいらしい動画のおかげだ。私のよく知る友人や先輩どころか、私のイラストまで用意されていた。どことなくフリー素材のイラストに似ていないこともないけれど、私や他の生徒の素材があるのを見る限り、イデアさんが用意してくれたものだろう。
「かわいく描いてくれてありがとうございます」
「ヒッ……拙者が描いたなどとひと言も……ま、まあそうなのですが」
「絵上手〜。頭も切れるし、流石ですね」
「ヒイッ」
イデアさんって実はめちゃくちゃハイスペックだよねえ。私のイマジネーションの中のイデアさんが正しければ、美青年だし。キャラに紛れてわかりづらいけれどダウナーな雰囲気の声もかっこいいし、絵も描けてさらには魔法工学を始めとする理系教科にもとことん強い。やっぱり寮長になるだけの強さはあるんだなあ、と感心していると、オルトが苦笑を零した。
「ナマエさん、兄さんをそんなにベタ褒めしないであげて」
「照れちゃった?」
「照れてるというより怖がってるんだと思うよ」
「なんで!?」
反応に困るとかならまだしも褒め言葉をもらって怖がるだなんて。やっぱりイグニハイド寮生は未知数だ。こんなイデアさんが一度とはいえラウンジに来てくれたなんて、今思えば不思議だなあ。
「イデアさん、またモストロ・ラウンジに来てね」
「うっ、拙者は……」
「行こうよ、兄さん!」
「…………考えとく」
顧客ゲット云々より、単純にイデアさんたちが来てくれると私が嬉しい。きっと三人も喜んでくれるだろう。かわいい弟の頼みに検討をしてくれるらしいイデアさんに胸が温かくなる。兄弟愛だ。
それから、もう一人――
「ジャミルさんも来てください」
「俺が? 絶対に行かないね」
「酷くない?」
これは酷い。ジャミルさんが来たらうちの寮長が喜んで高笑いしてくれるはずなのに。そこまでオクタヴィネル寮を警戒しなくても。
お願いします! 嫌だ。お願いします! この攻防戦が延々と続くのを、呆れた周りが溜息をつく。なお頭を下げていると、シルバー先輩とセベクが次の夢に移るどうこうと話しているのが耳に届いた。私も他の人の夢にお邪魔してもいいんだっけ? それから……
「私、この夢からいなくなってもいいの? マレウスさんが監視してるなら不審に思うはずじゃ」
「うん、その通り。だからダミーデータを残しておくんだ」
「ほんとに夢のような話だね」
「夢だからね」
現実では難しいことが叶うのも、これが夢の中だからなのだろう。ある種最高だな、夢の中。S.T.Y.X.からデータを受け取ったらしい、オルトがホログラムを出力する。電脳世界のように人間がピクセルごとに構築されていき、あっという間に私のドッペルゲンガーが生み出された。……なんだか思っている顔と違う。
「……客観的に見ると恥ずかしいな」
「なぜだ?」
「自認とちょっと違うかったりするじゃん」
「いつも通りのように見えるが」
「じろじろ見ないでください!」
セベクにシルバー先輩、そして遠目からジャミルさん。皆からの視線からホログラムを守るように両腕を広げて壁になる。ちゃんと身なりは綺麗だけど、お風呂上がりや加工アプリに比べるとやっぱり全然盛れてない!
「そうだ」
現実に戻ったらもっと自分磨きをしないと。悲しくもそう意気込んでいると、賑やかな私たち馬術部、主に私に向けて何かを思い出したように声を発した。思わず全員そちらを見遣ると、オルトがぷかぷかとこちらに寄ってきては、私に一つの封筒を差し出した。
「ナマエさんにもマレウスさんとの最終決戦フィールドへのリンクコードを渡しておくね」
「ああ、さっきの」
「うん。なくさないようにね」
そういえばマレウス・ドラコニアと戦うのに必要なんだっけ。私が戦力になるのだろうか。一抹の不安は残るけれど、イデアさんやオルト、シルバー先輩が選んでくれたのだ。尊敬する先輩たちの顔に泥を塗るわけにはいかない。それに、私にはアズール寮長も、ジェイド副寮長も、それからフロイド先輩だってついている。私だって、もう守られるだけじゃない。
落ち着きを取り戻すように数回深呼吸をして目を開けると、オルトの琥珀色をした瞳が大丈夫だよ、と言ってくれた。それに頷くと、少し離れた場所でシルバー先輩も頷いた。
「では次の夢に移動しよう」
「……誰の夢?」
「フロイドの予定をしている」
シルバー先輩が夢を渡れるんだ。もしかしなくても、ユニーク魔法だろう。シルバー先輩。夢。どこかで聞いたような単語の組み合わせだ。まあ、よく寝るシルバー先輩と結びつきやすい言葉だからだろう。
それはそうとして、早速フロイド先輩の夢かあ。
「……怖いなあ」
「ぐうわかる」
「ぐう?」
私に対してはかなり甘くて優しいフロイド先輩だけれど、一般的に見れば彼はかなり怖い方の人間だ。フロイド先輩の夢の中なんて未知すぎる。もっとも、副寮長の方が怖いのだけれど。
イデアさんのよくわからない共感の言葉に首を傾げていると、グリムと監督生、オルトと次々シルバー先輩の体にしがみついている。ええっ、なにこれ!
「ナマエも振り落とされないように俺によく掴まってくれ」
「えっ!? ど、どこに」
振り落とさる!? 夢渡りってそんなに危険なものなんだ。掴まるもなにも、シルバー先輩の腕も肩ももう埋まってしまっている。すでにシルバー先輩に掴まっているグリムや監督生にしがみつけばいいのか? しどろもどろになっていると、オルトがちょいちょいとかわいらしく手招きした。
「ナマエ・ミョウジさん、ここが空いてるよ」
オルトが指したのは、オルトとセベクの間のわずかな隙間。シルバー先輩のお腹? 胸? にあたるところだった。ええ、恥ずかしい! しかしそんなことを言っている場合ではないことはわかっている。一刻も早くパーティーメンバーを集めなければいけないのだ。セベクとオルトが空間を空けてくれているので、抜き足差し足忍び足でおしくらまんじゅうに近づいた。
「お、恐れ多くも……」
失礼します、と弱々しくシルバー先輩の寮服の襟を掴むと、男の人の香りがした。悠長にも、こんなの、ドキドキするに決まってるじゃん。
そんな私の思いなんて少しも知らずに、シルバー先輩はこの場にいた全員がしがみついていることを確認すると、小さく息を吸って言葉を並べた。
「『いつか会った人に、いずれ会う人に……』」
夢渡りって、どんなのだろう。胸が高まる。未知への突入に恐怖もあるけれど、今は好奇心が勝ってしまっていた。
「『
彼がユニーク魔法を唱えるや否や、宙に放り出されたような感覚があった。足裏から床の感触が抜け落ちる。重力の向きがわからない。身体の奥がひゅっと持ち上がり、内臓が遅れてついてくるみたいに気持ち悪い。視界が白く滲み、音が遠ざかっていく。
ジェットコースターどころではない。これは、危険すぎる。思わず振り落とされそうになったけれど、シルバー先輩が私の背中を抱き寄せる力が強くなった。少し早まっている鼓動が聞こえる。それにつられるように私も彼に掴まる力を強める。
落ちているのか昇っているのかもわからないまま、ぎゅっと目を閉じた。