乱雑に置いたせいか、グラスの縁から水がひとしずく零れた。
「わ、申し訳ございません」
「問題ない」
慌ててトレーの上に置いていた布巾で水滴を拭いた。きっと、待ちわびていたお客様に心が躍ってしまっているのだろう。
シルバー先輩とセベクが隣に座って、ジャミルさんがその向かいに座るのかと思いきや、シルバー先輩の隣にジャミルさん、そして向かいにセベクだ。監督生とグリムは、そんなに大きな席が用意できていなかったため、一つ隣のテーブルに案内した。
「別々でごめんね」
「大丈夫だよ」
「子分、オレ様お腹が空いたんだゾ」
「さっき食べたでしょ……」
「ツナ缶あるよ〜」
「ふなっ!! 前来たときはなかったのにか!?」
前からあるし、グリムも何度か食べにきてるはずなんだけどなあ。スペードに言われた通り、監督生のお財布には申し訳ないけれど、これも商売ですし。
来てくれてありがとうね、とセベクに営業スマイルとは違った笑顔を向けると、どこか気まずそうに返事をした。こういう場が初めてで緊張しているらしい。
セベクだけがグラスに口をつけるのを横目に、とても見慣れないメンバーにまた首を傾げた。
「それにしたってどういう組み合わせ? 珍しいですよね」
「それは……」
まあシルバー先輩とジャミルさんは二年生同士だし、関わりは多いのだろう。仲良しのシルバー先輩とセベクを交互に見ると、二人とも何やら言い淀んでいる様子だ。焦れったいなあ、普通に教えてくれたらいいのに。
じっと二人からの答えを待ち、二秒にも満たない沈黙を打ち破ったのは、他でもない彼だった。
「そういえば学校行事以外ではモストロ・ラウンジを利用したことがないと思ってな。フロイドもよく部活でラウンジや君の話を楽しそうにしている」
なるほどねえ。確かにジャミルさんは以前全国高校生陸上競技大会がナイトレイブンカレッジで開催された際に、モストロ・ラウンジまで無駄に割高のドリンクを買いに来てくれた覚えがある。他にも、もしかすると寮対抗マジフト大会や文化祭のときに出店を利用してくれていたのかもしれない。そうだとしたらありがたいなあ。
「私、よく噂されちゃいますね」
「君は人脈が広いようだからな」
「それほどでも」
お客様もいつもより少ないし、どうぞ、と一人一人にメニューを手渡しすると、セベクはまた落ち着かない様子で受け取った。変なの、とシルバー先輩に目を遣ると、メニューに視線を落としたかと思いきや、オーロラ色がじっと私の方を見ていた。うわあ、何度見ても見飽きないどころか見慣れないイケメンだ。
今度はこちらが気恥ずかしくなったのを隠すようにその場に屈むと、周りに聞こえないようにそっと声を落とした。
「……来たくなかったんじゃないですか?」
幸いにもフロイド先輩はオルトに構っているようだし、副寮長も空いた席の片付けをしてくれている。私の言葉を聞いたジャミルさんは、少し驚いたように、幾分か目を見開くと、すぐにいつも通りの冷静な表情になった。
「どうしてそう思うんだ?」
「勘です」
いや、だってねえ。小耳に挟んだ程度だし、さほど興味もないけれど、ジャミルさんはウインターホリデー中にうちの寮――あの三人と何かあったらしい。まあ、大体の事情は把握している。時間が解決しているかもしれないけれど、念のための確認だ。第一、ジャミルさんはフロイド先輩と同じ部活で、寮長とはクラスメイトらしいし、そもそもそんなに悪い関係ではないはず。
彼の紡ぐ言葉を待っていると、唇からわずかに息を洩らして、心持ち口角をつり上げた。
「まあ、興味はあったよ」
「あ、それずるい」
ある種逃げだ。頬を膨らませると、ジャミルさんはどこかしたり顔で私を見た。スカラビアの寮服も良いデザインだよね。こうして近くで見るのはほとんど初だ。少し寒そうではあるけれど、黒を基調としていて洗練されている。
そんなデザインをまじまじと見ていると、少し後ろでコン、と床を叩く硬い音がした。その音につられるように、私を含めて一斉にそちらを向いた。そこには、腹黒インチキ……うちの慈悲深いアズール寮長がにこやかに佇んでいた。
「これはこれはジャミルさんではありませんか。ようこそ、モストロ・ラウンジへ」
「げっ」
きらりと眼鏡の縁が光る。あーあ、見つかっちゃった。寮長の登場にジャミルさんはほんの少し身構えた。クラスメイトになんて態度だ。
監督生と顔を合わせて苦笑すると、一人分のスペースが空いているセベクの隣に腰を下ろせば、体がゆっくり沈み込んだ。何やら掛け合いをしているジャミルさんと寮長をBGMに、それから、セベクの持っているメニュー表を覗き見るように身を乗り出す。
「ね、セベクは何頼む? やっぱりオムライスかなあ。あ、クーポン持ってきた?」
セベクには日頃からお世話になっているから、ぜひともたくさんおもてなしをしたい。それから、オムライスにおまじないをかけるセベクが見たい。オムライスを始めとしたおすすめの商品を指さしていくのだけれど、何やら身を引いたまま返答がないので、不審に思って彼を見上げた。すると、ハッとしたようにシルバー先輩と対照的な瞳が見開かれる。
「あ、ああ」
「ふふ、緊張しなくて大丈夫だよ。そんなにかしこまるような場所でもないし」
「緊張はしていないが……」
また語尾が濁る。目だって合わない。いつものことといえばいつものことだけれど、少し不自然だ。何かラウンジに思うところでもあるのだろうか。思わず眉根を寄せては助けを求めるように整った顔立ちをした王子様に視線を向けた。
「シルバー先輩、なんか今日セベクが変」
「……すまない」
「なんでシルバー先輩が謝るの」
今日の護衛コンビはどこか変だ。初めての空間に緊張しているらしく、シルバー先輩はセベクと私を交互に見ては溜息をついた。確かに、別の寮に足を踏み入れるのは多少なりとも緊張する。それも、相手はドラコニアンで溢れかえる、まるで自分たちのテリトリーから出ないようなディアソムニア寮生だ。
ともかく、今回セベクたちに楽しんでもらって、リピーター獲得にも繋げたい。拳を握って意気込んでいると、頭上にずっしりと重みを感じた。確認するまでもない、いつもの相手だろう。
「ウミヘビくんとクラゲちゃんは注文決まった?」
ジャミルさんがウミヘビって、何回聞いたってめちゃくちゃそれっぽい。フロイド先輩は依然として的確なあだ名をつけるのが上手だ。陸の動物を入れたって、私はそうも納得いくようなあだ名をつけられるような気がしない。思わず拍手していると、丁度私の向かい側から訝しむような声が聞こえた。
「フロイド。お前、背が縮んでいないか?」
「あれ? そっち?」
頭上を見上げてはフロイド先輩と同時に首を傾げた。副寮長が大きくなったのかと思っていたら、フロイド先輩が縮んでいたのか。いや、思春期のこの年齢にしてそれはありえないから、きっと副寮長が大きいのだ。
まあいいか、ともう半分未満にもなっているセベクのグラスに水を注いでいると、シルバー先輩がぐっと唾を呑んでは輪郭のはっきりとした唇をきっぱりと開いた。
「……ナマエ、お前に話さなくてはならないことが――」
その瞬間だった。
「来てやったぞ、人間!!」
「……え?」
聞き馴染みのありすぎる声が、透明感がありながらも芯のある声を遮った。よく響く春雷のような声が、ラウンジ中に響き渡った。それも、丁度私の隣にいる、大きな妖精の声だ。ほんの一瞬、軽快なジャズが鳴り止んだような気がした。
驚いて右隣を向くけれど、声の主である本人はどうしてだか目を見開いては、入口の方に視線を向かわせていた。それもそのはず。声の主は確かにセベクで間違いないのに、響いたのは真逆の方向だったのだから。当然、その場にいた全員がラウンジの入口へと目を遣っていた。私も彼らと同じように、そちらに視線を移すと――
「え? ……ええ!?」
つい十分ほど前の光景が広がっていた。よく見慣れていた、セベクと、シルバー先輩がいた。思わずその場から勢いよく立ち上がる。
何これ、デジャブ!? 残像!? もしかしてそういう魔法!? アイメイクが落ちることも厭わず何度も目を擦るけれど、どうしたってセベクとシルバー先輩が二人ずついる。その代わりとして、アイシャドウが手袋に付着してしまった。
「……まさか俺たちが来てしまうとは」
澄んだ声でそう呟いたのは、先に来ていた方のシルバー先輩だ。その表情は険しいながらも、私ほど動揺はしていないようだった。このありえない状況を、いとも簡単に受け入れるように。
このシチュエーションに整理がついていないのは私だけなのだろうか。後から来た方のセベクとシルバー先輩を見ると、どうやら、彼らも驚いてくれているらしかった。一旦落ち着こうと目を閉じて深呼吸をしていると、私の隣に座っていたセベクが立ち上がったのだろう。私の頭上から声が降ってきた。
「待て、あのシルバー……」
シルバー、という単語に目を開け、隣にいるセベクが指している方のシルバー先輩に目を遣る、のだけれど。
「やけに発光していないか!?」
いきなり大声を上げたのはセベクだけでない。ジャミルさんや監督生たちまで驚いている様子だ。その言葉に再度目を瞑る。何を言ってるの!? 入口にいる方のシルバー先輩をまじまじと見つめるけれど、セベクの言うように発光など微塵もしていなかった。いつもと同じ、パーフェクトフェイスだ。
ついにおかしくなってしまったのだろうかと一人慌てふためいていると、後から来た方のセベクがずかずかとこちらへ近づいてきた。
「どうなっている!? 僕とシルバーが二人いるだと!!?」
「ええい、声が大きいぞ!!!」
セベクとセベクに挟まれたせいで、鼓膜が震えた。背も大きくて声も大きい、それが二人分。いつにもない威圧感が押し寄せてくる。不可解さと恐怖から、セベクとセベクの間を抜けてフロイド先輩たちに助けを求めるけれど、もちろん二人も同じようにこの意味不明な状況を把握できていないようだった。
「うわ、なにこれどうなってんの? クラゲちゃんとワニちゃんが二人いるんだけど」
「まさか……セベクくんとシルバーさんも僕たちと同じように双子だったなんて」
「な、なるほど……」
そんな話は聞いたことがない。けれど、何かの事情で隠していたりしたのだろうか。それにしたって、瓜二つだ。フロイド先輩と副寮長は似ているようで各々特徴が異なっているのに、ここにいる双子セベクと双子シルバー先輩はそっくりどころではない。それに、当の双子本人が驚いているじゃないか。
ちんぷんかんぷん。そっくりな二人を何度も何度も交互に見ていると、シルバー先輩が私の両肩に手を置いた。これは、どっちのシルバー先輩だ?
「ナマエ、よく聞いてほしい。信じられないかもしれないが、お前は今夢を見ているんだ」
「た、確かに夢のような状況だ」
「夢のような、ではなく夢なんだ」
これが、夢? 夢だと教えてくれる夢なんて、なんと斬新な。不思議な色をした瞳に吸い込まれそうになっていると、シルバー先輩の奥に二つのミストグリーンが揺れており、その片方がこちらへと近づいてきた。
「シルバーの言う通りだ」
「セベクまで」
二人して私にこれは夢だと冗談を言う。今日はエイプリルフールだったっけ?
まるで頭が回らない。待ちに待ったセベクとシルバー先輩が二人来てくれたからって、嬉しさが二倍になるわけではない。驚き四倍だ。すると、もう一人の眉をつり上げながらセベクが私たちを指さした。
「下がれナマエ! そいつは偽物だ!!」
「何を言っている! 貴様が偽物に決まっているだろう!!」
「馬鹿な!! 僕がそんなに悪どい顔をしているか!?」
「た、確かに……言われてみればこっちのセベクの方がちょっと顔が怖いかも」
「なんだと!!?」
「ハァ……」
セベクとセベクが言い合いをしている。まさに夢のよう。ジャミルさんが席についたまま頭を抱えては溜息をついた。一体、何を、誰を信じればいいのだろう。この空間にいる中で最も信用できるのはシルバー先輩だけれど、そのシルバー先輩が二人もいてはたまったものではない。とりあえず、この状況を夢であると告げた目の前のシルバー先輩に助けを乞うと、長い睫毛が揺れた。瞬き一つで小さな星がきらめくように見えるのは、シルバー先輩だからだ。
ぼうっと見惚れているのもつかの間、私の困惑を遮るように横から声が差し込まれた。
「ナマエ、お前の目の前にいる俺は偽物だ。俺たちを信じてくれ」
また別のシルバー先輩だ。シルバー先輩のようなド美形が二人も実在するなんて、現実ならばシャレにならない。しかし、こうして現実に起こってしまっているのだ。ありえないのオンパレードに目を回していると、困惑だらけのその場にこれまたよく聞く、まだ幼さを感じる声が響いた。
「ナマエ・ミョウジさん! よく思い出して!」
「うわあっ! オ、オルトも二人!!」
スイスイと浮遊しながらこちらに来るのは、間違いなくつい先程までオムライスを嬉しそうに食べていたオルトだ。さらにオルトが抱えているのは、いつの日か見たタブレット――イデアさんだ。双子という言葉では納得ができない。ドッペルゲンガーだ。そのうち私のドッペルゲンガーも現れるのではないだろうか。それに、このオルト――
「……口が開いてない」
「そんなの当たり前でしょ、拙者があのようなセンスのないカスタムをするとお思いで?」
あんなに大きな口を開けていたのに、どれだけ触れても開く気配がしない。べたべたとオルトに触れていると、目の前の美少年は鬱陶しがるように目を細めた。それにしても、センスのないカスタム!? あんなにかっこよくて私もフロイド先輩も大絶賛だったのに!
するとオルトが二回咳払いをして、この混乱の場を引き締めた。
「ナマエさん、思い出してほしいんだ。僕たちリリア・ヴァンルージュさんの送別会にいたこと、マレウス・ドラコニアさんの魔法で眠ってしまっていることを」
リリアさんの、送別会? マレウス・ドラコニアの魔法?
おかしい。セベクとシルバー先輩は確か昨日、ラウンジに来るにあたってリリアさんを誘うかどうか、とも言っていたはず。なのに、私はリリアさんの送別会を知っている。それにマレウス・ドラコニアも……
「うっ……!」
刹那、知らないはずの知っている記憶が走馬灯のように頭に流れ込む。荘厳な談話室。山盛りの野菜。グラスに入った鮮やかな赤色。酔っ払い。雪。セベク。緑色の炎。唐突な情報量に、頭が割れそうなほど痛くなる。なんだ、これは。
思わず頭を抑えながらその場にしゃがみ込むと、私をこの苦しみから救ってくれたのは、彼だった。
「ナマエ! 戯言に耳を貸す必要はない!」
「……そうだよね。やだなあ、冗談きついよ」
見分けはつかないけれど、きっと、後から来た方のセベクだ。そうだ、これはきっとまったくの別人たちが、何かしらで私たちに仕掛けているドッキリだ。解放された苦しみから、偽物たちに笑顔を向けるけれど、それでも今この場でへらへらと笑っているのは、私しかいなかった。偽物のシルバー先輩も、セベクもオルトも、至って真剣な表情のままだ。
そして、またしても私の愛想笑いを阻んだのは、オルトだった。
「ナマエさん、君は送別会でセベクさんと言い合いになって仲違いしたのを覚えていない?」
「セベクと、言い合い?」
私とセベクが言い合いなんて、ましてや仲違いなんてするわけがない。私は世渡り上手だし、そして何より、
「何を! 僕とナマエはいつだって仲良しだ!!」
「そ、そうだよ。とっても仲良しだから、言い合いなんてそんな……」
彼の言う通り、セベクと私は大の仲良しのはずだ。馬術部で切磋琢磨して、お昼だって一年生で一緒に食べて、皆でテスト勉強だってした。それは間違いないはずなのに、どうしたってオルトの言葉や頭に流れ込んできた光景が胸の中で引っかかっている。このもやもやに拍車をかけるように言葉を紡いだのは、セベクのことをこの場の誰よりも知る彼だった。
「ナマエ。セベクが『仲良しだ』などと言うと思うか?」
「……え? だって……」
「よく思い出してほしい。セベクの今までの言動を」
セベクと、私たちは仲良しだ。仲良しなのに、このシルバー先輩はどうしてそんな酷いことを言うのだろう。なのに、セベクを貶めるような言動をする目の前の彼を、どうしたって否定できずに唇だけがわなわなと震える。そんな私を見て、隙ができたとでも言うように、シルバー先輩だけでなく、各方面から言葉が飛んできた。
「そうだゾ! 送別会のときのセベクは最悪だったはずだ!」
「セベクさんは僕たち人間を馬鹿にした発言ばかりしていたでしょう!?」
「んぐっ……」
グリムやオルトはシルバー先輩に便乗するように、セベクに対するド失礼な言葉をかまわずに投げた。当のセベク本人は、視界の隅で強く目を閉じては固く口を結んでいる。このセベクは、恐らく仲良しじゃない方のセベク。
人間を、馬鹿にした言動? セベクがそんなことをするわけが――
『脆弱な人間など、むしろ足手まといだ!! 親しくする必要などない!』
なに、この記憶は。
『僕だってお前のような弱い人間と馴れ合う気はない! マレウス様の護衛ができれば十分だ!!』
どこかで聞いた覚えのある、最低な発言がまるで本当に起こった出来事のように記憶の底から呼び起こされる。信じたくない。セベクと仲違いしたのも、セベクが苛烈な物言いをしたのも、信じたくない。頭が痛い。頭蓋の内側から鋭い楔を打ち込まれているようだ。頭が割れる。痛い。痛い。
「ううっ……!」
きっとこの記憶から目を背ければ、また楽になれる。この苦しみから解放される。いつも通りの楽しい日常がまた始まる。けれど、どうしてだろう。本能が言っている。現実と真っ向から向き合えと。逃げるな、と。向き合うのが怖い。苦しいのは嫌だ。セベクと仲違いしているのも嫌だ。記憶のほんの端にある、オーバーブロットをしたであろう茨の谷の王子と戦わなければならないなら、もっと嫌だ。それでも、私は抜け出さなくてはいけない。この空間が夢だなんてもうわかりきっているのだから。
きっと、ここにいるフロイド先輩たちもまがい物だ。いつもなら信じてやまない大好きな先輩たちを、今日ばかりは裏切ることになる。私は、大好きなセベクやシルバー先輩を信じるのだ。
そう決めるや否や、さらに私を襲う痛みは強さを増し、その場に立っていられなくなる。地を這うように唸る、倒れてしまいそうになる私を支えてくれたのは。痛みに耐えるように目を薄らと開けると、上品な金色。きっと、セベクだ。私の大好きで、咎めるべき相手。
起きなきゃ、起きなきゃ。痛みに耐え、必死にまだ浸っていたい欲望に抗うと、手が柔く包まれた。今度は、銀色。綺麗すぎる瞳で一心に眼差しを向けられると、私はそれに応えるように小さく頷いた。
すると間もなく、痛みがさらに強まり、頭が今にも割れそうになったときだ。今までの記憶が一気に流れ込んでくると同時に、脳裏にヒビが入る音が聞こえた。
夢から、醒めた。
「……思い出した」
全部思い出した。リリアさんがナイトレイブンカレッジから立ち去るというのも、セベクが私たちの厚意を無視して蔑むような言葉を投げてきたのも、その後の気まずさも、おぞましいマレウス・ドラコニアの姿も、全部全部。
まだわずかに残る頭の痛みのなか、私を支えてくれていたセベクとシルバー先輩から離れると、偽物であろうセベクの元へと向かった。最後の確認だ。
「セベク」
そう呼びかけてセベクの背丈に合わせるように背伸びをする。もちろんこの身長差は多少しか埋まらない。ずい、と上品な顔に近づくと、すると、セベクは優しい笑みで私に耳を寄せた。
「どうしたんだ」
なるほどねえ。なんでもない、とだけ言うと、今度はもう一人のセベクへと近づいて、同じようにした。するとセベクは、耳を寄せてくれるでもなく、思いきり私から離れたのだ。
「な、なな、何をする!」
決して優しい笑みを向けてくれるはずもなく、カッと目を見開いては丸い耳を赤くした。この反応は見覚えがある。本物があちらのセベクならどれだけいいか。けれど、違和感の塊でしかないし、私が好きなのはこちらのセベクだ。安堵感から思わず息を洩らした。
「こっちが本物だ。だよね、シルバー先輩」
「ああ。目を覚ましてくれて本当に良かった」
シルバー先輩が私の肩を優しく叩く。表情こそ微笑んではいないけれど、それでも、シルバー先輩の優しさが伝わった。状況を無理に把握した上で、辺りを見渡すと、本当にあちらのシルバー先輩は発光していた。それも眩しいくらいに。なんてヘンテコな夢だろう。
それにしても、今、私たちはどういう状況に置かれているのだろう。これが夢ならば、どうしてシルバー先輩たちはここにいるの? どこかで体験したようなこの違和感に考えを巡らせていると、突如私たちの前の偽セベクや偽シルバー先輩の周りを黒い靄が襲った。――と思いきや、偽セベクと偽シルバー先輩の顔がどろどろと黒く溶けていった。それも、光を反射しないほどの黒だ。
「うわ気持ち悪! なにあれ!」
「今回はなかなかに厄介そうだな……」
シルバー先輩やセベクだけでなく、オクタヴィネルの三人や、改造オルトに生身イデアさんの顔までがどろどろと溶けていく。ひい、下手なホラーより怖い! 思わずシルバー先輩の後ろに隠れると、どろどろになった偽物たちが私たち目がけてマジカルペンや警棒を構えた。夢から醒めたら終わりじゃないの!?
そんな私の困惑などつゆ知らず、セベクとシルバー先輩も警棒を構えた。
「『闇』だ。来るぞ、ナマエ!」
来るぞ、なんてやるしかないやつじゃん。こんなの悪夢だ。戦うのは別に好きじゃないのになあ。けれどこの状況を打破すべく、周りに倣って渋々マジカルペンを構えた。