今晩の焚火の番にもシルバー先輩は不参加。役に立てない、と申し訳なさそうにしていたけれど、結構心配な体質持ちだから無理をさせるわけにもいかないし、気を張っていたとて眠ってしまうだろう。早寝が習慣づいているリドル先輩は早め、セベクにはあまり頑張らなくていい、と言ったところ、「人間のくせに僕を心配するな!!」と声を張り上げていた。私は日が変わるかどうか……ほとんど体感になるけれど、それくらいに番をすることになった。時計もスマホもないのに番だなんて、結局そのとき起きた人が、というかたちになるのではないかとも思うけれど。
今日は早めにシャワーを浴びさせてもらって、やっぱり自然乾燥かあ、とせめてものヘアオイルを入念につけていると、テントの外が何やら騒がしかった。なんだろう、と靴を履いて様子を伺うと、既に何人もの生徒がわらわらと群がっていた。
「皆、聞いてほしいッス!!!」
キャンプ場の、私たち全部活がテントを立てたちょうど中心。いつもはバルガス先生が偉そうにしている焚火の前でラギーさんが皆を集め、その横にはエペルにフロイド先輩、ジャミルさんとハウル、それに監督生とグリムが揃っていた。どういう取り合わせだろう、と出るタイミングが被ったらしいシルバー先輩と顔を見合わせる。不思議な瞳に捉えられながらも一緒に小首を傾げると、人が何人も囲う後ろの方で背伸びをして、人々の隙間から焦ったラギーさんの様子を伺う。
「昨日からバスケ部のエースくんが帰ってないのは知ってますよね? ……それがエースくんだけじゃなくてうちのレオナさん、それから陸上部のデュースくんも帰ってこないんスよ」
「なんだって? エースはともかくデュースも?」
いつもの飄々としたラギーさんは滅多にお目にかかれない深刻な面持ちをして、淡々と行方不明者についての情報が知らされる。ハッとして私も周りを見回すと、隣にいたシルバー先輩が肩を叩いて「馬術部は全員揃っている」と私を安心させてくれた。リドル先輩も言う通り、トラッポラとレオナさんだけならサボりで済みそうなのに、成績はともかく真面目なスペードがその中に加わったことで事件性がより深まったようだ。
「……はい。今日坑道でツルハシを取りに行ってから」
「それに、坑道にはデュースクンの取りに行ったツルハシが取り残されていたんです」
「……問題はそれだけじゃないッス」
確かに、ツルハシを取りに行ったまま帰ってこないだけでなく、その肝心のツルハシは置かれたままだなんて事件の匂いがプンプンする。
顔を顰めたままのラギーさんのひと言で、坑道に様子を見に行ったらしい面々を取り囲んだ一同はごくりと喉を鳴らす。ラギーさんは勿体ぶることなく、潔く口を開くと、静かになった森の中に控えめな息遣いが聞こえた。
「バルガス先生が寝泊まりしてる小屋も何者かに荒らされてたんッスよ」
「!?」
「小エビちゃんたちが言うには、すっげー速くて黒い影がロブスターせんせぇを襲ったんだって」
一瞬だけ、しんと静まり返ったかと思うと、すぐにそのハプニングにざわざわした。バルガス先生だからおふざけだったり茶番なんてことも有り得ないことはないと思うけれど、涙目で震えたグリムと監督生が何よりの証拠だろう。じゃあその黒い影というのは、人なのか、獣なのか。
「……以上が、今の状況ッス」
「行方不明者が四人。しかも、そのうちの一人がバルガス先生だと? 少し目を離した間に、そんなことになっていたとは……」
ラギーさんたちによる説明が終わると、よりいっそうざわつきが大きくなった。私の前にいたセベクが再び状況確認のためだろう、復唱すると、どういうことだと頭を押さえて考えているようだった。それからはもう、全部活が大混乱。バスケ部もマジフト部も陸上部も、部員の所在が気になるらしく、更にバルガス先生ですらやられてしまうような相手ともなると怯んでしまい、大混乱を招いた。
「だーーーーっ! もう! 皆、一旦落ち着いて!」
状況説明をしたラギーさんばかりを狙って、生徒たちが質問攻めにするのでどうやら収拾がつかなくなってしまったらしく、大声を出した。今時点でどうなっているのかはわからないはずなのに、あんなに質問をされてはラギーさんが可哀想だ。
すると近くにいた馬術部員たちが、顔を合わせて不安そうに口を開く。
「あぁ……俺たち、いったいどうなるんだよ……こんなところにいて安全なのか?」
「なあ、いっそのことドワーフ鉱山を出ないか? ここを離れれば安全だと思うんだが……」
「……それは、どうだろう。より危険だと思うんだけど」
確かにこのままキャンプ場にいて、もし少しでも一人になってしまえば黒い影に狙われかねない。一人でなくても、レオナさんでもやられてしまった相手なんて、何人も連れ去られていくだろう。しかしその黒い影が人間だと仮定すれば、今の話なんかをすべて聞いて隙を見ている可能性だって高いし、第一鏡なしでドワーフ鉱山を出るとすればかなり遠い。黒い影以外の危険性だってあるだろう。
「ナマエの言う通りだ。最悪の案だな。ただでさえ暗くて、視界が悪いというのに……バルガス先生を襲った影が、どこに潜んでいるかもわからないんだぞ。少し頭を使えば、危険だとわかるだろう」
「ちょっと、言い方!」
途中までは良かった。私の考えていることとほとんど同じことをもって反論を始めたから、共感するように頷いていたのに、最後の言葉が余計だった。セベクにしてはオブラートに包んだ気もするけれど。もちろんナイトレイブンカレッジ生、しかもセベクが喧嘩を売ってしまったのは物わかりのいいうちの部員でもサバナクロー寮生だったので、効いてしまったらしい。
「なっ……てめえ!」
「二人とも、やめないか」
セベクが胸ぐらを掴まれたところで、喧嘩に発展してしまう前にリドル先輩が仲裁に入った。確かにセベクの言うことは一理あるけれど、と私と同じようにセベクの言い方を注意するも、当の本人は何が悪いのかはわかっていないようだったので、リドル先輩はジト目で呆れた様子を見せていた。
シルバー先輩ははあ、と小さく溜息をつくと、逞しい腕を組んだ。
「ともかく、仲間割れをしているる場合ではない。皆で、このキャンプ地で朝を待とう」
「そうッスね……。朝になれば闇の鏡を通って、ドワーフの小屋へ学園長が迎えに来るはず」
二人の発言で確かに、と納得をして落ち着き始めた生徒たちだったけれど、中心にいたフロイド先輩が何かを企んでいるような、愉しそうな笑みを浮かべた。
「どーかな。美味そーなイワシがうようよ一箇所に集まってたら……パクッ! ってひと口で食われちゃうかもよ?」
私はもう見慣れてしまったけれど、そんな私でも背筋が伸びるような不気味な笑顔を、フロイド先輩はこの暗い中で金色の目を光らせながら振り撒くと、シルバー先輩たちの声に賛同していた生徒も、言い合いをしていた生徒もひゅっと息を詰まらせた。警戒させるための言葉でなく、ただただ純粋に楽しんでいるところが本当、相変わらずだよねえ。
「……それでも、散り散りになるよりは無事でいられる確率が高くなる」
「ふうん。ま、面白そうだし反対はしねーよ」
シルバー先輩は一瞬考え込んでから、やはりこの場で皆で朝を迎える提案をすると、フロイド先輩は興味津々ほどではないけれど、そこそこ楽しそうに賛成をしたのでほっとした。オレだけで黒い影の正体を見てくる、なんて言われたらどうしようかと思った。ラギーさんが「とりあえず焚火でも囲いましょ」と提案をすると、生徒たちはぱらぱらとその場に座り始めた。
◈◈◈
ひゅー、とやや冷たい風が吹き始める。日中は暖かくてちょうど良い気候、ちょうど良い季節をチョイスしたキャンプだったのに、大きめの焚火一つを全部活で囲って座るとなると、その火も心もとない。部活ごとで起こした火の心配なんてしている場合ではなく、今は安全第一だ。
「……なあエペル。今って何時くらいだ?」
「日はまたいでると思うから、二時くらい……かな?」
日が昇るのは今の時期だと恐らく五時半だとか、そのくらいだ。空が白んでくればもう黒い影の心配はないのだろうけれど、何もせずに警戒だけをしてあと三時間以上だなんて、どれほど長く感じるか想像もつかない。エペルの体感なだけで、ひょっとすればまだ十二時前後かもしれないし。
完全に乾ききっていない髪がまた、寒さを感じさせる。身体が冷えてきて、焚火の前の方は他の生徒が座り込んでいたりするせいでほのかにしか温かさを感じず、寒い。くしゅん、とくしゃみをすると、少し遅れて身震いした。
「……さむ」
「確かに、夜になると冷えるな」
私が小さく呟いた反対側でグリムが大声で寒いと騒いだおかげで、この中で一番寒そうな格好をしたジャミルさんが考え込んだ。それから、何人かで毛布をテント内に取りに行くという話になったらしく、うちの部活からはうちの寮生が取りに行ってくれるらしかった。他の部活からはジャミルさん、エペル、グリムに監督生。
少しだけ人が減って、バレないようにじりじりとほんの少しだけ焚火に近づくと、腕をさすった。
「フン。これくらいの寒さも我慢できないとは、人間とは弱い生き物だな」
「あれぇ、金魚ちゃん。唇真っ青。ブルブル震えてんじゃん」
ドン、と腕を組んで私たち寒がり人間を馬鹿にするセベクに疑問は抱きつつも、フロイド先輩がこんな状況にもかかわらずリドル先輩を煽って怒らせている方が心配で、いつものことながらハラハラする。そんなセベクとフロイド先輩を見て、ラギーさんは「寒くても平気そうッスね」と言った。
「まあ、オレがいた海ってもっともーっと冷たかったから」
「ふん。人間どもと僕とでは鍛え方が違うからな」
「……あれ? セベクって寒いの苦手じゃなかったっけ……もしかして着込んでる?」
「……なっ! そんなことはない!!!」
「……着込んでるんスね」
以前、夜に購買部に出かけたとき、こんな時間でもやってるんだな〜なんて思っていたら警備中のようなセベクを見かけて、たまたま話しかけたときに寒そうにくしゃみをしていたと思ったのだけれど、とんだ強がりだ。もっと誤魔化すのが上手だったら良かったのにね。かわいいやつめ。そんな私は割と結構寒くて早く毛布が欲しいのだけれど。
「……くしゅんっ、……あー」
「寒そうだね。もうちょっと焚火の近く行ったら?」
「せっかく買った服に穴が空いちゃったら嫌なので……」
「じゃあオレのアウター貸したげる」
「ありがとうございます……」
フロイド先輩がかわいくてスポーティーなデザインのアウターを脱ぐと、見た目こそ寒そうだけれど本人は平気らしく、私の肩にふわ、とそれをかけてくれた。優しい。いつもみたいな爽やかな香水の匂いなんてほとんどないのは、課外活動だからだろう。
フロイド先輩のバッグについたジェイド先輩の代わりをふにふにと潰しながら、毛布隊の帰りを待つけれど、テントはすぐそこのはずなのに全然帰ってくる気配がなかった。ざわめきすらもなく、静かだ。
「……ジャミルたち、遅くないか?」
「毛布を運ぶのに苦労してるのかも」
「なら、俺たちも手伝うべきだろう」
心配をしたのか不審に思ったのか、シルバー先輩が一番にそれについて言及をすると、誰も焚火の前から動こうとしないので、シルバー先輩自ら毛布隊のお手伝いに行ってくれるらしい。お顔が綺麗で性格もあれなんて、本当にできた人間だ。私も焚火から動きたくないのに。その銀の王子様の後ろ姿を見送りながらラギーさんは眉を下げて笑った。
「真面目な男ッスねぇ。セベクくんは一緒に行かなくていいんスか?」
「なぜそんなことを聞く」
ラギーさんがシルバー先輩のことを話題に出して、いつもみたいに大声が放たれると言い合い、というか、セベクのほとんど一方的な僕の方がすごいぞ、な話が始まり、こんな事態なのに変わらないなあ、とフロイド先輩の上着の襟の部分を、腕を交差させて持つ。気持ち程度の温かさだ。フロイド先輩の体温による温かさはすぐに消えてしまった。
「ナマエちゃん、眠くねえ? 大丈夫?」
「……どうして私に? 夜更かしに慣れてないリドル先輩とかではなくて?」
「ボクは非常事態に眠るほど緩んではいないよ」
「眠いなら寝てもいいよって思って」
フロイド先輩は相変わらず口角を上げたままに私の横に座ると顔を覗き込んで、甘やかすみたいにそう言うものだから、それはまあ、不思議に思った。ただの気遣いだろうけれど、私は夜更かしが苦手なタイプではないし、第一リドル先輩な言っているようにこの事態で寝るほど呑気ではない。目がしょぼしょぼして見えるならきっと、焚火による目の痛さだ。
「ちょ、フロイドくん! ナマエちゃんに甘いのはいいけど、それでもこんなとこで寝ていいわけないでしょ!!」
「なんでだよ。オレが膝でもなんでも貸すし……何をそんなに焦ってるわけ?」
「確かにナマエちゃんになんかあったらフロイドくんがタダじゃおかないはわかってるッスけど!!!」
「そもそも眠くないので大丈夫ですよ」
流石はラギーさん、きっと懸念しているのは女子がテントも何も隔てがないところですやすや眠っている場合ではない! ということだろう。私だってそれくらいの警戒心はある。私の言葉を聞いたリドル先輩とラギーさんはほっとした様子を見せた。そんなに警戒心が低い女ではない。
するとまた、一段落つくと訪れる沈黙。それが私たちを冷静にさせて、再び疑問が湧き上がった。
「……あれ? シルバーくんも、戻ってこないじゃないッスか。その前にテントに向かったジャミルくんたちも……もうとっくに五分以上経ってるッスよね?」
「確かに変だな。声もしない」
その事実にまた、冷や汗が伝う。嫌な予感がするけれど、その予感を口にしてしまえば予感でなくて現実になってしまう気がしてキュッと口を噤んだのに、このハイエナさんときたらそれを台無しにしてくる始末だ。
「まさか…………焚火を離れた人たち全員、黒い影の餌食に……?」
「!!」
「……言わないでくださいよ」
その場にいた何人かは驚いた顔をしていたのに、フロイド先輩はまたこの状況下に置かれても、いつにも増して楽しそうにして、私も溜息しか出なかった。ラギーさんには「オクタヴィネルは余裕そうッスね」なんて言って、余裕というか、いつ黒い影に襲われるかというのに怖いことには変わりないのだけれど、なんとなく予測できたことだ。
ラギーさんは自分の言ったことに再度ハッとして、その場にいる皆に向けて声を張り上げた。
「焚火を背にして周囲を警戒するッス! バルガス先生を襲った黒い影が、すぐそこまで来てるかもしれない!」
その声にすかさずセベクが従って焚火を背後にすると、私もつられてその体勢をとった。すると間もなく、花火のような隕石のような、そんな音が聞こえて、何人もが混乱状態に陥る。私もその一人で、いったい何の音だろうと空を仰いでみると、まさに隕石か何かがこちらを目がけて飛んできているようだった。
「っ!? 何かが飛んでくる。皆避けて!!」
「ナマエ!!!」
それは十数メートルほど上にあるのだろうけれど、ひどく大きく見えた。それを咄嗟に避けるような判断力も反射神経も持ち合わせていない私は、ただただそれを目で追ってしまっていて、ラギーさんの指示を聞き流すような状態になってしまっていた。このままじゃあの岩の下敷きになってしまうかも。
しかし、脳内でそんな呑気なことを考えてしまっている私の名前を呼んで、まるで私を守るみたいにぎゅ、と包み込んだまま、私が下にならないように一緒に飛んだ誰かさんのおかげで、事なきを得た。それと同時に、大きすぎる音が鳴り、地響きがした。それと同時に、私の背に回された力が強くなる。下敷きになってくれたのは、このしっかりした体格と、それから直前の私を呼ぶ声からしてセベクだ。ドン、と受けた軽い衝撃も下になってくれたセベクのおかげでなんともなかった。
「ありがと……重くない?」
「……これだから人間は。貴様一人乗ったくらいでどうにかなるほど弱くはない」
「ありがとう……」
岩のせいか、急に辺りが暗くなって暗順応に時間がかかる中、冷静に状況を鑑みていたラギーさんは、この焚火が消えた暗闇の中で皆に指示を出した。岩の衝撃のせいで、焚火が消えた。それも、かなり大きな岩だ。
「全員、身を低くして! あんな岩が当たったら、ひとたまりもないッス!」
その言葉でセベクの上から身体を浮かしかけていたのを止めて、素早く退くとその場にしゃがみ込んだ。セベクの手袋に包まれた大きな手が私の背に添えられて、自分で言うくらいには、やっぱりよくできた護衛だ。星と、木で隠れてしまった月による光しか頼れるものはなく、徐々に目が慣れるのを待っていると、他の部員たちの悲鳴が聞こえた。
「うわぁっ!」
「やめろおおおお!」
ただ事ではない、茶番でもない、本気の悲鳴に思わず私のすぐ近くにいるであろう男の、背中に添えられていない方の手を暗闇の中まさぐろうとすれば、セベクから私の手の甲にそれを重ねてくれたので、状況に似合わずドキッとしてしまった。こんなときでも、私って案外呑気だ。そんな中でも悲鳴は耐えることなく、セベクはよりいっそう私の肩を寄せた。敵襲から守るという意味もあるだろうけれど、パニックになって動いている他の部員との衝突なんかを防ぐ意味でもあるのだろう。
「ちょっ、無闇やたらに動くなって言ってんでしょうが!」
「くうっ。狼狽えるな人間ども! 邪魔だ! あちこちぶつかって、これでは身動きが取れない……」
セベクがその場に留まったまま、身動きが取れないでいるのは私がいるからでもあるのだろう。手を離そうとすれば、より強く掴まれて、それはもう、痛いくらいに。私がいると邪魔だろう、と言う前に、思わぬ人物から声が上がった。
「セベク、ナマエ! 危ない!!」
「なに!?」
「!! リドルせんぱ、」
「うわあああああ!!!」
今までに聞いたことのないリドル先輩の悲鳴に思わず目を見開いた。それに、もしかしなくてもリドル先輩は私とセベクを庇って……。そんなことを考える暇もなく、次々と悲鳴が聞こえてきて、どうしたものかと身を縮めていると、少し離れたところからこの場に似合わぬ舌打ちらしきものが聞こえたのでそちらにようやく慣れてきた目を向けると、だるそうなフロイド先輩がいた。
「どいつもこいつも気が利かねえなあ……」
大きな溜息とともに、フロイド先輩が長い人差し指を焚き火の方に向けると、ぼっ、と明かりを灯した。流石は器用で気分屋なフロイド先輩、ピンポイントで火をつけたことにラギーさんから褒められていた。流石にこの緊急事態に外すような真似をしないのが、やっぱりうちのフロイド先輩だ。明るくなったのを確認してから、セベクにお礼を言って離れると、この場にいたのはほんのひと握りのメンバーだけだった。
「周り見ろよ。ほとんどのやつらが消えちまった」
「不覚……」
「向かってくるなにかを避けるのに精一杯で、冷静な判断ができなかった……」
数十人ほどいた生徒たちは、数人。数えられるくらいにまで減ってしまっていて、セベクが冷静な判断ができなかったのも、リドル先輩がやられてしまったのも、もしかしたら私がいたせいかも、なんて密かに自分を責めていると、フロイド先輩が「ナマエちゃんのせいじゃねーし、別に誰も悪くねぇよ」と放った。どうやらこの場に残された五人は、
「フロイドくん、セベクくん、ジャックくん。 ナマエちゃん、オレを含めて五人だけッスか」
「……そーみたい。どんな相手なのか見てやろーとしたけど、一瞬すぎてオレもよくわからなかったわ」
フロイド先輩とラギーさんの二年生コンビはどうやら冷静なようで、黒い影の正体とかに言及をしたり突き止めようとしたりというのは変わらず、だけれど、私とセベクは特に、そういうわけにはいかなかった。きっと、同じ気持ちを抱いている。それをより重くしたのは、フロイド先輩の何気ない発言だった。
「あの金魚ちゃんまでいなくなるってことはさ。……その影ってやつ、相当強いね」
思わず肩がびく、と跳ねて強ばる。リドル先輩は、私とセベクを庇って盾になって、そのまま黒い影に――
「……」
「リドル先輩……。僕を、庇って……。……誰がそんなことを頼んだというんだ!」
「てめー、助けてもらっておいてそんな言い草があるかよ!」
「黙れ! 助けてもらう必要などなかったのだ!」
「ちょ、ちょっと、揉めるのは……」
セベクが私の思っていることと違うことを言い、それでも罪悪感のようなものが勝ってしまった私はつい弱気になってしまい、弱々しく手が出そうなハウルの腕を掴むと、セベクは悔しそうに眉をひそめた。体の前に握りこぶしを作りながら。その表情を見て、やっぱり私と同じ気持ちなのだろう。私も感化されて自然と目尻を下がった。
「僕は……僕ならば、脆弱な人間の一人や二人……守ってやれて、当然のはずだったのに……!」
「セベク……」
「……私は守ってもらったよ。……それにセベクのせいじゃない」
私が荷物だったせいだ。ギリ、と口の奥で歯が鳴る感覚があると、ラギーさんが気を落とした一年生三人を見て、「悔しがるのも落ち込むのも後にして!」と活を入れてくれた。そのおかげで、胸の奥にもやもやはあって消えることはないけれど、気持ちを入れ替えようという意識にはなってくれた。
それから、この残った五人で夜明けまで何ができるかを考えると……
「……オレは、別々の方向へ一斉に逃げるのが一番いいと思う」
「なっ。貴様、逃げるつもりか!?」
「一人だけでも朝まで逃げ延びて、学園長に知らせた方が賢いでしょ!」
「でも……いなくなった奴らのことをこのまま放置なんてできねぇ!」
「そうだ!! ここでリドル先輩を見捨てていくなど……いや、それ以前に敵に背を向けて逃げるなど、誉れ高きマレウス様の護衛の名折れ!」
ハウルやセベクの気持ちは痛いほどわかる。私も、大事なエペルやシルバー先輩、助けてくれたリドル先輩に他の部員たち。他の部活の生徒の中には友達だって何人かいる。後で助かろうと、その人たちを放っていくのは後ろめたい気持ちが大きい。けれど、現実的に考えればラギーさんの考えが一番正しい。リドル先輩に何も返せなくて、借りだけ作るのもごめんだけれど。ポケットに入った、血濡れたハンカチをギュッと握って、なんとか我慢をしようとする。
「ならここに残ったとして、あの黒い影をどうやり過ごすつもりなんッスか? また同じようにのんびり座って最後の一人が消えるまで待つつもり?」
「それは……」
「……悔しいけど、今回はラギーさんの言う通り――」
「倒すしかねーじゃん」
ラギーさんが正論をズバズバとぶつけてくる中、残念だけれどそれが一番安全で策としても正しい、とまた歯ぎしりをして、一年生二人を納得に落とそうとしたところで、緊張感のない声が、緊張感のない言葉を放った。フロイド先輩が、「倒す」だなんてことを言うものだから、もちろん一同は騒然。私だって、驚いて口が開いたままだ。借りていたアウターから香水ではなく、フロイド先輩の香りを感じたと同時に、そんな私を見て口角を片方だけ上げたフロイド先輩は私と目線を合わせることはせずに、見下ろした。
「あれ? ナマエちゃんって、そんなにグッピーだったっけ?」
まるで私を見下すみたいにそうやって言うものだから、少しだけカチンときて、同じように口角を片方だけつり上げては副寮長を頭に思い浮かべて笑顔を向ける。グッピーっていうのは、エペルのことじゃない。海ではこうやって使うんですよって、副寮長が言っていたから覚えている。流石フロイド先輩。後ろ向きになっていた私をこんなに簡単にその気にさせるなんて。こういうことがあるからオクタヴィネル寮生はやめられない。
「……私がそんなにチキンに見えます?」
かわいいアウターを手渡しながらそう言うと、フロイドは「あはっ」と狂気じみた声で、楽しそうに笑った。