森の中でマシュマロとチョコレートだけの甘すぎるスモアを食べていたら、トレイン先生まで混ざってきて、暗い森でスモアパーティー。作ったのはトレイさんじゃなくてリリアさんで、でも不味いとかの違和感もなく、はちゃめちゃに美味しい。
「ほれ、おかわりもあるぞ」
リリア先輩はトレーに、今度はクラッカーも添えてスモアを出してくれた。するとカリムさんがそのクラッカーにカビのような模様のあるチーズをつけると、突然切り株を叩き出した。そのまま軽音部と森の動物たちプラスイデアさんで合奏が始まって、そしたらタコの足を生やしたアズール寮長がそのまま地面を這ってきて、「僕にもマシュマロをくださいよ」って――
カンカンカンカンカンッ!
「!!?」
声帯がこちらに戻ってきて、右目の景色だけがカチッと入れ替わる。非常事態としか思えない金属音の警報のせいで私のふわふわした夢の世界は終わってしまったみたいで、ぎゅっと目を閉じてからまた開くと、数時間前に見た景色と同じだった。地面の硬さやら何やらのせいで浅い眠りだったようで、とても十五分そこらしか寝た気はしない。寝たおかげで目が覚めたというより、寝不足で覚醒状態になってしまっている、という方が近しかった。
なんだ、甘ったるいスモアは夢の中の話だったのか。昨晩からマシュマロの口になってしまっているようなので、ラウンジでフロイド先輩にでも作ってもらおう。そう考えたところで今日がまだ二日目であることを思い出した。というか、今の音は? 聞き間違いならもうひと眠り、
「皆朝だよ。起きて〜! 課題の説明を始めるよ〜!」
「えっ、朝?」
するとまた、激しい金属音が森林に鳴り響き、やまびこする。テントの中からでもわかるけれど、とても日が差しているとは思えない。それどころか、今から日が昇るといえる明るさですらない。むしろセベクと話していたときより暗いまでもある。とりあえず髪を軽く整えて、水洗顔くらいはする時間があるだろうか、急いでスニーカーを履いて外に出ると、他の部員たちも慌てながら出てきているところだった。
「ナマエ、少し手伝ってくれないかい」
「リドル先輩、おはようございます……」
「おはよう。眠そうだね」
「眠くはないんですけど、そういうリドル先輩もお疲れですね。手伝うって?」
今が本当に朝だというのなら、四時頃だろうか。もちろんいくら規則正しい生活を送るリドル先輩でもこの時間に起きることは慣れていないご様子で、大きな目は開ききっていなかった。そんなリドル先輩は、シルバー先輩と同じテントだったのか、それとも別のテントだったのかはわからないけれど、テントの入口でシルバー先輩の片腕を掴み、シルバー先輩を引っ張り出そうとしているところだった。眠り姫みたいに組んだ手をお腹のあたりに置いて寝息を立てるシルバー先輩は、そういう絵画かと思うほどに綺麗で、しかもあの騒音で起きないときた。まあそれもいつものことだけれど。
「……シルバー先輩」
「……」
「シルバー先輩!」
「……」
「シルバー先輩!!」
「……」
「シル」
「起きろシルバー!!!!!!」
私の声では少しも起きる気配なんてなく、気持ち良さそうに規則正しい寝息を立てていたシルバー先輩に、少しずつ声のトーンとボリュームを上げて起こそう作戦を実行しようとしたのだけれど、すぐにその計画は立ち消えとなった。そう、ゴーストがフライパンを鳴らすのとほぼ同じといっても過言ではないほどの声量のセベクのせいで。背後からともなると流石に予測をつけることが難しく、耳がキーンとして、数秒後に背筋が震えた。
くい、とシルバー先輩の逞しい腕を引っ張っていた私の手は、長い睫毛は伏せられたままの銀色の彼にパッと掴まれて、綺麗な顔の人ってなんとなく、体温は低いイメージがあったけれど、温もりがじんわり伝わってきた。その状態で体感三秒。私も、リドル先輩も、セベクも、何も声を出さずにいると、シルバー先輩の不思議な色をした瞳が覗いた。お目覚めですか、プリンセス。
「ん……なんだ、ナマエ。セベクにリドル」
「……朝ですって」
「あんなに大きな音を鳴らされて起きないだなんて、呑気にも程があるぞ、シルバー!!」
「……それはすまない。しかし朝というにはまだ――」
カンカンカンカンカンッ!!
「!!」
「……さっきからこの調子です」
「……そうだったのか」
目が覚めたご様子のシルバー先輩は、私の手を掴んだまま徐々に上体を起こして、容赦なしといったようにゴーストがフライパンを激しく鳴らせば眠そうに薄く開いていた瞳を一気にカッと開いた。どうやら完全に起きてくれたみたいだ。入口から離れると、シルバー先輩は頭のあたりを押さえながらゆっくりと出てきた。髪は乱れているけれど、元が柔らかい髪質なのか、寝癖はついていない。あれ、そういえばセベクの髪はしっかりセットされている。やや寝ぼけ眼なのに、まったく抜かりないなあ。
シルバー先輩をテントから引っ張り出した頃には、キャンプ場の中央にはもう人が大勢集まっていた。それから、その中心にはこの涼しい時間にもかかわらず暑苦しいの権化みたいな、ロブスターことアシュトン・バルガス。これでもかというほど爽やかな笑顔を浮かべていた。その笑顔のまあ、鬱陶しいこと。
「おはよう! いい朝だな」
「うわ……。……っと、シルバー先輩、肩使います?」
「……」
「寝てる」
誰よりも焚火に近い位置にいて、適温だが? とでもいいたげなバルガス先生に舌打ちをしたい気持ちを抑えていると、軽い衝撃から少し遅れてフローラルな香りが落ちてきた。確認するまでもなく、お綺麗な顔をしたシルバー先輩が眠気により私に寄りかかってきたみたいで、その端正なお顔立ちに心臓が跳ねる。あらためて見てもまあ、イケメンだなあ。私の返答を聞かずに、ほとんど器用に自立している状態で私にもたれかかるシルバー先輩を放置していると、ふとわずかにかかっていた重みがなくなった。
「呑気に寝ている姿だけで腹立たしいのに、身の丈に合わない人間を枕のようにするのはもっと腹立たしいからな!」
「へえ、優しい〜」
「優しい……だと? ふん、僕はシルバーに苛立って――」
「騒がしいぞ馬術部一年!!!」
その重さはセベクの方へと移ったかと思いきや、器用すぎる。シルバー先輩は直立したまま眠っているようだった。直立してただ目を瞑るだけでも平衡感覚は失われがちなのに、いつものことだと言わんばかりの様子である。私の気遣いはいったい。
胸を張って何やら私に言おうとした、きっと若様に仕える者として当然だ、系の話を、この場に限ってはセベクよりも大きな声で遮ったバルガス先生に大きく溜息が洩れた。
「オレ様の挨拶にしっかり答えるんだ。でないと、この場で失格にするぞ。――気を取り直して……おはよう!!!」
「……おはようございます」
どの部活の生徒たちもやはり眠いようで、しかし廃部の危機が迫っている以上サボってまだ寝ている、みたいな真似はできないのだろう。いかにも仕方なしにというようにバルガス先生に挨拶を返した。うう、厳しい。これがまだあと一日続くだなんて、と二日目が始まったばかりなのに頭を抱えた。早くオクタヴィネルの自分の部屋のベッドにダイブしたい。
いやいや挨拶を返されたのを確認した様子のバルガス先生は、二日目の課題について説明を始めた。厳しいとは聞いていたけれど、まだ夜ともいえよう時間に始めれば課題なんて余裕で終わって――
というわけにはいかないようだった。
課せられたのは、すべて昨日の上位互換といったものばかり。『住』にあたるのは魔法薬を作るための、自生しているものを見つけるのはかなり困難な『灯火の花』の採取。『食』は環境保全のためのオオナマズの捕獲。それから『学』は昨日のものの二倍以上に値する大きさの魔法石の採取……。どれもレア物ばかりで、これには向かいにいたフロイド先輩も「だっる!!」と声を上げていた。胃が痛くなってきた。万が一うちの部活だけ達成できなければ……と思ったけれど、そうだとすれば他の部活もクリアできないだろうというほどに、馬術部には誇りを持っている。けれどフロイド先輩の言う通り、だるいのも事実。
「本当に厳しいね、バルガス先生は……」
「昨日の疲れも取れきっていないのに」
「ともあれ、課題を進めるにあたっての作戦を立てよう」
日が昇る気配もまだなく、日没まではおそらく半日以上あるだろう、焚火と月明かりだけに照らされたキャンプ場の中心でバルガス先生が開始の合図を告げると、部活ごとに作戦会議を始めるところや、早速動き始めるところなど様々。私たち馬術部は前者だった。
それなりに癖の強そうな髪をしっかりとオールバックにしたセベクは、眠気なんて少しも感じさせない様子で口を開いた。
「森林の課題により多くの人数を割くべきでしょう。『灯火の花』は珍しい植物だからな」
「ああ。生えている数はかなり少ない。セベクの言う通り、なるべく大勢で探そうか」
「どれも難易度は高いですけど……ひとまず、という感じですね」
森林には私とリドル先輩、セベクとシルバー先輩と数人の部員が送られ、そして残った部員は半分ずつ坑道と湖畔に送られた。それにしても灯火が花やオオナマズは生息を確認できているのであろうからこうして課せられていると思うのだけれど、二立方センチメートルの魔法石って、もしなかったらバルガスを訴えるくらいの準備はしている。
寝不足の覚醒状態で微妙に気持ち悪くなっているのを誤魔化すみたいに水を一杯だけ飲んで、それから森林に向かおうとしたところで、肩を二回叩かれた。
「?」
「ナマエちゃん」
振り返るとフロイド先輩とジャミルさんが立っていて、どうやら私に用があるらしかったので、首を傾げてから口に含んであった水をんっ、と飲み込むと、ジャミルさんが「すまない」と言って話を始めた。
「ねー、カニちゃん見てない?」
「……カニちゃん見てないですね。昨日湖畔で魚を釣ってたときが最後。……もしかして昨日から?」
「ああ。昨日の日没には既にいなかったんだ」
確かに昨日、ジャミルさん手作りの美味しいホイル焼きをいただいたときにもあのパリピクラブを見なかった気がする。一時のサボりだけでなく、今もいないだなんて、もしかしたら遭難でもしているのかな、とも思うけれど。そういえばとジャミルさんに「昨晩は美味しいご飯ありがとうございました」と伝えると、淡々とした口振りで「気に入ってくれたなら良かった」と。フロイド先輩や副寮長の技術にも引けを取らないというか、お店の味というよりは家庭の味に近い方だった。
フロイド先輩がわかりやすく深い、だるそうな溜息をついたので、お顔を覗き込んでからトラッポラの話題へと戻した。
「フロイド先輩に山菜どうのって注意してたのに?」
「マジでそれ。サボってんのカニちゃんじゃね? ナマエちゃん、見つけたら『絞める』って脅しといて」
「わかりました〜」
「まったく……君たちオクタヴィネルといったら」
やれやれと眉をひそめるジャミルさんは「時間をとらせてすまないな」とフロイド先輩を回収していき、ジャミルさんより背の高いフロイド先輩は引っ張られることにやや不満な顔をして、それからにこにこ笑顔を私に向けて大きく手を振っていた。トラッポラ、ただのサボりなら言いけれど……って、まあ十中八九サボりだろう。あのトラッポラのことだし、「オレは要領のいい男だから」なんて言って。それが迷惑をかけているなんて知らないだろうな。
「ナマエ、用は済んだかい?」
私がバスケ部の二人と分かれたのを見計らったリドル先輩は私に声をかけ、慌ててそちらを向く。セベクは早くしろと言わんばかりに胸を張り、腕を組んで待機しており、先程まで私とセベクの隣で気持ち良さそうに眠っていたシルバー先輩も、すっかり目が覚めたようで、私を待っているようだった。あ、焦る〜。
「ごめんなさい。トラッポラが……と、なんでもないです」
「? そう。時間はないからね、早く森林へ向かおう」
「待たせてすみません。行きましょう」
トラッポラが帰っていないらしくて、なんて言うと、リドル先輩のところの寮生だから機嫌が悪くなってしまうかと思い口を結ぶと、ずんずんと森の中へと進んでいった。『灯火の花』は魔法薬学でクルーウェル先生が「自生しているのは滅多にお目にかからない」と言っていたので、お伽噺のようなイメージだったのだけれど。それもあってか、あまりこの課題に現実感はない。少しずつ空が白んできたのを確認すると、焦って焚火による温かさから離れた。
◈◈◈
森林に移動している間に、急速に日が昇ってきて、どうして日は昇り始めてから、沈み始めてからはこんなに早いのだろう。木漏れ日が心地よい時間になってきた森林の中で、また私たち馬術部はその場に小さく輪になった。恒例の、標的についての知識のおさらいタイムだ。
「皆、授業で習ったね?」
「もちろんです。僕たち一年生も、魔法薬学の授業で既に習っている」
「じゃあ今日はナマエ、『灯火の花』について説明できるかい?」
「はい」
まるで先生みたいだ、リドル先輩。まさか私に飛んでくるとは、と思ったけれど、そもそもセベクが積極的すぎる。これから僕が説明しようとしたのに……! というような、ショックと悔しさが混じったような微妙な表情をしているセベクにごめんね、とウインクだけで謝った。それがセベクにとって、謝罪と受け取っているか煽りと受け取っているかはわからないけれど。
「『灯火の花』はあらゆる養分を魔力に変換して、蓄積します。けれど開花後にはその溜めていた魔力を放出するから、すぐに枯れてしまう、確か蓄光している白っぽい花……ですよね?」
「うん、その通り。かなり珍しい植物だ」
教科書には写真付きで載っていたけれど、学園の植物園にも生えていなかったはずだし、そうなれば本当に珍しい。本当に見つかるのか不安なところで、やはり心強いのは、リドル先輩を筆頭とした馬術部の秀才たちだ。他の部活にも秀才や天才や鬼才はいれど、安定中の安定の馬術部である。
「育つのに多くの養分を必要とするから、生えている場所は限られてくるはずだよ。周囲に植物がなくて、日当たりのいい場所とかね」
「あっ、他の植物の養分も吸い上げるから……なるほど」
「そういうことだ」
「今リドルが言った条件に合う場所を重点的に調べよう」
教科書で得た知識をそのままアウトプットした私は、その例をあらためてリドル先輩の口から挙げられると、また咀嚼することができた。そう考えると、確かに治癒には効果的だけれどまあまあ恐ろしい植物だ。あらゆる養分ということは、きっと私たち人間からも……ということだろう。
シルバー先輩のひと声で、森林の中でも一際日当たりの良い場所を目指すと、バスケ部やマジフト部など、色々な部活も『灯火の花』を探している様子だった。
「……他の部活も同じ考えのようだ。俺たちと同じく日向を目指している。一輪見つかったら、争奪戦になりそうだな」
「フン、望むところだ!」
「じゃあ他の人たちが目指している方と反対の……あっちの沼の方はどうですか? 日当たりも丁度良さそうだし……」
「ナマエに賛成だ。あっちを目指そう」
ありがたいことに私の提案に頷いてくれた馬術部員をリドル先輩が先頭に率いてくれて、まだどの部活の生徒もいない沼地の方へと向かった。『灯火の花』、生えていれば良いけれど。