鏡だったはずのものの中にいる女子生徒は、一目見て秀徳のものでは無いとわかる制服を身に纏っていた。何が起きたのかさっぱり理解出来ない緑間をよそに、少女は緑間から素早く目を逸らして俯いた。
自分しかいない部屋の鏡に別の人間が写っているなど、ありえない。目の前に起こっているこれが一体どういうことなのか理解できないまま、緑間はようやく言葉を一言だけ絞り出した。
「……お前、一体何処にいるのだよ?」
「と、図書室ですけど…、」
少女の肩越しに鏡の中の図書室を注視する緑間に少女はますます萎縮して、あ、とか、う、とか言ったのち、依然俯いたまま口を開いた。
「すみません、私、着替え覗こうとかそういうわけじゃなくて…!」
「、!」
驚いて視線をこちら側に戻すと、確かに自分は着替えの途中だった。緑間は慌てて制服のシャツを羽織るが、焦ってボタンが上手く止まらない。
「すまない!」
「あ、いえ!私も!見ちゃって!すみません!」
緑間が着替え終わるころに少女がようやく顔を上げた。未だ少しだけ顔の紅い少女は、視線を漂わせて迷う素振りを見せた後、意を決したように緑間と目を合わせ、口を開いた。
「……どうしたら、鏡の中にいられるんですか?」
* * *
「――つまり、お前は秀徳の生徒ではないし、そもそもお前の居るそちら側にはそういう名前の学校が存在しない、ということか」
ため息混じりに緑間が行った言葉に、鏡の中の女子生徒――苗字名前と名乗った――は無言でうなづいた。彼女は高校一年生で、緑間と同い年らしい。
「オレもお前の学校の名は聞いたことがない。それに、この近辺でお前の着ている制服の女子を見たこともない。」
少女の着ている制服は、秀徳の女子生徒のそれとは違ってブレザーだった。
何が起こっているのかさっぱり理解できない。緑間は眉間に寄せたシワを更に深くした。
不意に、何処からともなくチャイムが鳴った。その音を聞いた途端、女子生徒は慌てた表情をした。
「あ、図書室閉められちゃう…」
「…引き止めて悪かったな。」
「ううん、大丈夫。緑間くん…も、もう帰るんでしょ?」
右腕につけた時計を見ると、約束の30分を少し過ぎていた。少女と話しながらあらかた荷物をまとめ終えていた緑間はカバンを持つと、ペンケースに筆記用具を仕舞っている少女に声をかける。
「…お前は、毎週水曜、こうして図書館で勉強しているのか?」
「うん、今学期に入ってからは毎週、来るようにしてるんだ。」
「……そうか」
おかしい。緑間は今学期の水曜日はほぼ欠かさずと言っていいほどこの更衣室にいたはずだ。秀徳高校バスケ部は全国区と言うだけあってほぼ毎日練習があるからだ。それが何故、今になって突然――
「それが、何か…?」
「……いや、なんでもないのだよ。では、オレは帰る。またな。」
「あ、うん、またね!」
また。果たして“また”があるのか疑問に思いながら緑間は男子更衣室を出た。
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