「あれ、苗字さん、今日は美化の当番じゃないよね?」

夏休みで誰もいない学校の廊下を歩いていると、ふいに後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには少し汗ばんだ幸村くんが立っている。

「うん、今日はちょっと別の用事があってね。幸村くんは…部活だよね。」

大変そうだね、と続けようとした言葉を、私は飲み込んだ。今まで負けなしだった私たちの代のテニス部が、今年は関東大会で負けたのだ。その上、目の前の彼は手術をするほどの病気から快復したばかり。そんな一言でことの大きさが表せるはずもない。

「ああ。全国大会こそ、優勝しないといけないからね。そのために俺は戻ってきたんだ。」

幸村くんはそういうとにっこりと微笑んだ。廊下を、夏らしくない冷たい風が吹き抜けて行った。

「……幸村くんの帰り、みんな待ってたよ。クラスの子も、先生も、……花壇のお花も、みんな。」
「ふふ、そういわれると照れるな。俺は、絶対皆の期待を裏切るようなことはしない。必ず。皆の所に優勝を持って帰る。」

苗字さんも、待っていてくれるだろう?と私に投げられた彼の熱のこもった言葉に、私はあいまいに頷いた。それを見て彼は安心したように、しかし予め返答がわかっていたかのように力強い笑みを浮かべた。

「ありがとう。じゃあ、そろそろ休憩も終わりだし、俺は行くよ。全国大会、再来週から東京でやるんだ。苗字さん、もし時間があったらぜひ見に来て。」
「……うん」

彼は肩にかけたジャージを翻しながら去って行った。彼の後姿が見えなくなってから、私も用事を済ませるために職員室へと向う。

どうか、この夏が早く終わるようにと祈りながら。

 




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