夜。習い事が終わり、家路を急いだ。夏真っ只中のこの時期は、夜になっても気温が下がらず蒸し暑い。
明るくて人の多い道を選んで歩いていると、先を歩く人の中に見覚えのある後姿を見つけた。私はその後姿に追いつこうと走る。
「幸村くん!今部活帰り?」
見覚えのある後姿は、制服にテニスバッグを背負った幸村くんだった。彼は驚いたようにすぐ私の方を振り向くと、頷いて微笑んだ。
「そうだよ。いよいよ来週、全国大会が始まるからね」
「こんなに遅くまで練習してるんだね」
「俺は、ね。途中までは何人か一緒に残って練習してたんだけど、最後まで残ってたのは俺だけ。」
「……この前退院したばかりなのに…――」
大丈夫なの?と続くはずの私の言葉を、幸村くんは強く遮る。私をちらりと見た後、彼は視線を前に向けた。
「だからだよ。俺が入院している間、他のレギュラーはほとんど毎日欠かさず練習してきてここまで来てる。俺はその間のブランクを埋めなくちゃいけないから。」
「……それは、そうだけど…」
「入院中も、イメージトレーニングは欠かさなかった。でも、ただ頭の中で考えるのと実際にボールとラケットを使うのとでは、やっぱり全然違うんだ。」
「……」
「こうして動けるようになった今、イメージで培った経験をやっと本物に出来るんだ。だから、出来るときに出来ることをやっておかないと。」
部長の俺が皆に迷惑かけるわけにはいかないから、と真っ直ぐ前を見て話す彼を横目に見る。私に語られているはずの彼の言葉は、彼の視線の先にある別の何かのためのもののように聞こえた。
決して交わらない、彼と私の世界観。
「俺たちに出来ることは、何でもする。そして勝つ。そうしたら、俺たちの勝利に誰も文句は付けられない。俺は、的確かつ完全な勝利だけが欲しい。」
「……只の勝ちじゃ、ダメなの?」
「ああ。『運よく勝てた』なんてことでは、王者とは呼べない。常に勝つ、それが俺のやり方なんだ」
「……」
「――って、何熱く語ってるんだろうね、俺は。」
ちょっと暑苦しすぎたかな、と私の方をちらっと見て彼ははにかんだ。私は言葉を失う。勝利を渇望する彼と、恥ずかしげにはにかむ彼。まるで別人のようだった。
「……ううん」
「そう、それならよかった。苗字さんに変なヤツだなんて思われたら困るからなあ」
「……幸村くん…?」
「ふふ、なんでもないよ。……ところで、苗字さんの家ってどこ?折角会ったことだしこんな時間だから、家まで送っていくよ。」
「え、でもいつものことだし――」
「いつもの事?心配だなあ。それならなおのこと送らせて欲しい。駄目かな?」
「……ううん、幸村くんの迷惑にならないなら…」
「迷惑なんかじゃない。じゃあ、行こうか」
そうして、そう遠くない自宅まで幸村くんに送ってもらうことになった。他愛もない話をし、私の家に着くと、挨拶をしてあっさり別れた。会話の中で、熱をはらんだ彼の言葉を再び聞くことはなかった。
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