湧きおこる歓声の中、私はフェンスに手をかけ呆然と目の前の光景を眺めた。
苦戦を強いられた二試合、血まみれのコート、二つの圧勝。
その中心で、“彼”は微笑を浮かべていた。
名古屋星徳との試合は、3-2で立海の勝利。勝敗が決まって観客や応援する関係者が去ってしばらくしても、私はその場を動けなかった。どうすることも出来ず立ち尽くす私に気づいたのか、視線をこちらに向けた“彼”は目を真ん丸にした後、部員たちとの話を切り上げて何故かこちらに小走りにやってきた。
「来てくれたんだね、苗字さん。」
「うん、……ごめんね、お話の邪魔、しちゃったみたいで…」
「そんなことないさ。それよりも…今日はどうしてもやらなくちゃいけないことがあったから、二試合も負けてしまった。見苦しいところを見せちゃったね。」
一回戦も二回戦も全勝だったんだよ、と少し得意げに言う彼に、知ってるよと言おうとし、途中で言葉を飲み込んだ。今、可笑しな言葉が聞こえた気がしたからだ。
「やらなくちゃいけない…こと?」
「ああ。うちの後輩を伸ばさないといけなかったからね。あいつは、追い詰められたときが一番伸びるやつだから。」
「じゃあ…わざと――」
あの、血まみれの三試合目は、わざと作り上げられたものだったということ…?私は“彼”――幸村くんの肩越しに、少し離れた場所にいるほかのテニス部員と、包帯と絆創膏だらけの二年生の子を見る。
「これで、俺たちの布陣は完璧だ。決勝は俺も出る。立海三連覇に、死角はなくなった。」
楽しげに語る幸村くんの言葉を聞きながら、二年生の子をじっと見る。彼は、試合中何度もたたきつけられ、倒され、怪我もした。けれど今はけろりとして周りの部員たちと楽しげに会話をしている。
「……あの子、大丈夫なの?」
「赤也のことかな?あとで病院に行かせるよ。でも、あいつのことだから、きっと嫌がるだろうなぁ」
桑原くんが彼の腕を引いて何かを言っているが、彼は渋い顔をして首を横にふるふる振っているのが見えた。
「……それより苗字さん、ずっと日の当たるところで見てたよね?疲れただろう?これ、あげる。開けてないから、安心して飲んでいいよ」
急に目の前に差し出されたスポーツドリンクを反射的に受け取ると、幸村くんはふふ、と表情を和らげた。
「じゃあ、俺はそろそろ戻るよ。……決勝、絶対見に来てね、待ってるから!」
彼はそれだけを矢継ぎ早に言い残すと、ひらひらと手を振りながら部員たちのところへ戻って行った。
手にあるスポーツドリンクを握りしめる。直前まで冷やされていたらしいペットボトルは、痛いくらいに冷たい。
「……絶対、見に行くね」
誰にも拾われなかった言葉は、風にかき消されて消えた。
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