コート端に立つ桜の木の葉が力強い緑色に変わってきた。先日行われた学力テストの結果が今日返却され、予想以上に良い出来だった俺は、担任に褒められ少し上機嫌でテニス部の部室へと歩を進めていた。これもひとえに、苗字さんのおかげだと言うことができるだろう。
塾などには、両親に負担をかけさせたくなかった上に無駄に時間を使うような気がしたので通いたくなかった。しかし、自分で教材を購入して自習することにも限度があり、部活動と委員会で忙しいため、学校の先生に質問できる時間はごくわずかだった。そんな俺の都合に合わせて勉強を見てくれ、その上元塾講師らしく的確に助言をくれる苗字さんは、まさしく俺に合っているといえた。
部室に入ると、見慣れた面々が既に芥子色のウェアに着替えて、何事かを騒々しく話し合っていた。部室のドアが立てた音で、彼らは一斉に此方を向いた。
「聞いたっすよ副ぶちょー!ずるいっすよ!」
目を輝かせてこちらに来た赤也は、至極楽しそうに俺に話を振った。どうやら俺の話をしていたらしい。しかし赤也に羨ましがられるようなことをした覚えは、俺にはなかった。
「何の話だ、赤也?」
「とぼけないでくださいよ、カノジョさんの話っすよ!」
超美人らしいじゃないっすか、と俺を見上げる赤也が理解できず室内の奥に視線を投げると、総じて笑いを浮かべている部員たちが目に入った。
「あれ、隠し事はいけないな、真田。はいこれ、証拠。」
言い逃れはできないよ、恐ろしいほどに楽しげな笑みを浮かべた幸村から、幸村のものであろう携帯電話を差し出され、戸惑いながら画面を覗き込む。そこには一枚の写真が表示されていたのだが――
「……これが?」
「だーかーらっ、幸村ぶちょーが副ぶちょーとカノジョさんのデート現場を激写したんすよ!」
カノジョ、と赤也の言葉をオウム返しにして、俺は漸く部員たちの言わんとしていることへ理解が至った。
「た、たわけ!第一、ここに写っている女性は彼女などではない!」
そこに写っていた女性――苗字さんを、彼らはどうやら俺の彼女…と勘違いをして――
否、これは――
「蓮二!お前はこの女性を知っているだろうが!」
「ふ、そうだな。彼女――苗字名前さんは、弦一郎の家庭教師をしているかただな。」
「だったら何故何も言わないのだ!」
ほんとっすか、怪しいーと俺に向かって疑わしげな目を向ける赤也を軽く殴ってから、俺は蓮二をにらみつけた。当の蓮二は変わらず楽しげな笑みを浮かべたままだ。
「以前、俺が見たときよりも、その写真のお前と彼女は親しげに見えたのでな。そういう中に発展した可能性も無きにしも非ず、と思ってな」
ありえん、と切り捨てて着替えに入ろうとすると、それまで何も言わなかった仁王が「確かにな、」と呟いた。
「……何がだ、仁王」
「お前さんのそんな緩んだ顔、俺は始めてみたがのう。」
「あ、それ俺も思った!」
俺の顔が、緩んでいるだと…?もう一度携帯の画面に表示された写真をちらりと見る。わからない。
「無自覚かい?というか、そんな顔でありえん、とか言われても説得力ないよね。」
ふふ、と笑う幸村にどう返していいかもわからず、部室内に視線を漂わせる。そのとき、俺の背後でドアの開く音がした。振り返ると、少し汗ばんだ柳生が立っていた。
「申し訳ありません、少々遅くなりま――…おや、真田君、少々顔が赤いようですが、お加減でも悪いのですか…?」
固まった空気に気づくこともなく「無理は禁物ですよ」と俺を心配する柳生に、俺は「……問題ない」とだけ声をかけて、足早に外に出た。熱い。背後で沸き起こった笑い声を聞かなかったことにして、俺は顔を洗いに水道場へと足を向けた。
苗字さんが俺の、彼女、だと……?そんなことは――
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