強い風に、色づいた木の葉が乾いた音を立てて飛ばされていく。俺はテニスバッグを背負い直した。

今日は、赤也に呼ばれ、既に引退したはずの部活に午前のみ参加した。家を出る前、俺のあまりの薄着に驚いた母が慌てて持ってきた冬物のコートは、その時は邪魔なものでしかなかったが、今は程よく暖かくちょうど良い。

朝の方が今よりも寒いはずなのに、どうして俺は今の方が寒く感じているのだろうか。大気の関係で気温が下がったというわけでもなければ、汗で体が冷えたという訳でもない。久しぶりのテニスの誘いに、俺は自分でも気づかないうちに舞い上がっていたのだろうか。テニスが中心でない生活にそろそろ慣れたかと思っていたが、まだまだ甘かったようだ。自分自身にそれを思い知らされ、俺は小さくため息をついた。

「うー、寒い…」

隣を歩いていた名前さんが急に唸り声をあげた。見ると、大して長くもないコートの襟を精一杯まで立てて首をすぼめた彼女が再び寒いと呟いたところだった。俺は自分のマフラーを外しながら、再びため息をついた。

「何故防寒をしっかりとしないのだ」
「だ、だって、今日晴れだっていうし、大丈夫かなって…」

名前さんのコートの襟を綺麗にたたんでもどし、代わりに俺のマフラーを彼女の首に巻き付けた。彼女のコートは秋物の薄手だった。

「……こんなコートで暖が取れるはずがないだろう。」
「まだ冬ものじゃ早いかなーと思って…。でもマフラー貰ったら弦一郎くんが寒くなっちゃうから…いいよ!」
「俺のコートは冬物だ。マフラーが無くてちょうどいいくらいだ。」
「うーん、…じゃあ借りるね」

帰ったら冬のコート出そう、と呟いた彼女は俺のマフラーを口元まで引き上げて顔をうずめた。

「暖かい…ありがとう」

こちらを向いて柔らかく微笑んだ彼女から目をそらして「いや、」とだけ言葉を返した俺は、顔を前方に向けた。

「それにしても、今日は何も買わなかったが良かったのか?名前さんが買い物に行きたいと言い出したはずだが…」
「うん、大丈夫。今日は付き合ってくれてありがとね。」
「ああ。…ところで、まだ時間は沢山あるが…ほかに何かするのか?」
「うん、…実はね、そっちがほんとの目的だったんだ。」

不用意に「え?」と返してしまった俺を尻目に、彼女は急に早足になり歩き出した。小走りに近い歩きの彼女を戸惑いながら追うと、見慣れすぎた風景の中で、彼女は足を止めた。

「……テニスコート…」

そこは近くの公園のテニスコート。彼女は追いついた俺を振り返る。

「今日はわざわざ付き合ってもらってありがとう。本当は、折角の後輩からのお誘いだったんだから、今日の私の用事なんて来てくれなくてもよかったのに。」
「そうはいかん。前からの約束を、今日突然出来た用事で破るなどということは決してできない。」
「弦一郎くんのそういうとこ、すごく好き」
「――っ、」

言葉を失った俺の手を引いて、彼女は誰もいないテニスコートへと入っていく。

「でもね、今日は本当は弦一郎くんとテニスして少しでも気分転換してもらおうと思っただけなの。だから、今日は部活に行っててもよかったんだよ」

彼女はマフラーで微かに朱くなった頬を半分かくして、「弦一郎くん、ここの所あんまり元気無さそうだったから」と言葉を足した。
やはり、未だ俺はテニス中心の生活から抜けることが出来ていないようだ。自分では気づくより先に名前さんに気づかれるとは、己の甘さに呆れる。

だが、彼女の前ではそれを隠す必要もないのではないかと、ふと思った。

「……名前さんはテニスが出来るのか?」
「実は中学生のときはテニス部に入ってたんだよ!……といっても学校にテニスコートが無かったから活動は月に二回くらいだったけど。」

レベルとしては、ボールが何とか拾える程度?という言葉を聞きながら、俺は背負ったバッグを傍らのベンチに置いた。午前中も使ったものと、もう一本のラケットを取り出す。

「え、弦一郎くん、やるの?」
「そのために来たのではないのか?ほら、ラケット、」
「ありがとう!迷惑かけないように頑張ります!」

嬉しそうに俺のラケットを抱えて反対側のコートに走って行った彼女の背に、俺の「迷惑、かけても構わんがな…」という呟きは届かない。

名前さんの取りやすい場所に軽くボールを打つだけ。帰ってくるボールは強さも早さも高さも不安定。試合とはおろか、打ち合いとも言い難いかもしれない。そんな中、俺は自分自身の中で何かがほどけて消える感覚を味わっていた。

ボールを取り損ねた名前さんが拾って戻ってくる。その息が上がっているのを見て、俺も名前さん側のコートへと走る。

「疲れただろう。そろそろ――」


「気分、晴れた?」


彼女のその明るい笑顔に、俺の中の重苦しい何かが完全に霧散していった。

 




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