弦一郎くんとの勉強会が始まって、早くも一年が経った。私は一年前と同じ駅前で、同じように彼を待っていた。今日は平日だが、今年も駅前には多くの人がいた。それは学生たちが休暇期間中にあるためだが、それ以外にも理由があった。
「すまない。また、待たせたか?」
彼が「また」と言ったことを嬉しく感じながら、私も「いえ、」と返す。
「去年は『行くことは不可能』なんて突っぱねてたから、まさか弦一郎くんから誘ってくれるなんて思わなかったな。」
私は白や黄色の電飾で輝く商店街を彼越しに見ながら言った。彼とそれらの電飾を見比べてもお世辞にも似合うとは言えなかった。
「今年は、不可能ではなかった。それに、昨年イベントについて俺に尋ねてきた名前さんは…とても見たそうな顔をしていたからな。」
だから、と視線を彷徨わせながら弦一郎くんは言う。その様子がとても可愛らしく見えた気がした。
「ありがと、嬉しい。じゃ、行こっか」
彼の手を取って街中を歩きだす。クリスマス一色の街を抜けてイベント会場につくと、そこは既に黒山の人だかりとなっていた。
「毎年立海大付属生はこのイベントに参加するんだね。誰か知り合いの子は出てる?」
「わからん。……が、出来れば会いたくない。」
どうして?と尋ねても。なんでもだ、と返ってきて、結局理由はわからずじまいだった。
そのうちに、ブラスバンドの演奏と共にサンタ帽をつけた制服の学生たちがわらわらと特設ステージに上がってきた。全員が並び終わったところで、その中の一人が進み出てマイクを手に取った。刹那、隣の弦一郎くんがびくりと動く。
『えー、みなさん…こんばんは!立海大付属高等学校っす!今日は俺たちが、このクリスマスの夜を甘く暖かくする歌をお届けします!皆さんも一緒に歌ってください!では最初の曲は――』
「弦一郎くん、知り合い?」
「……後輩だ。…何故赤也がこのような…!」
「あかや?テニス部の二年生の子だよね?」
あいまいに返事をした彼は、いつもかぶっているトレードマークの帽子を外して、かばんにしまいこんだ。……余程立海生に存在を知られたくないらしい。
おなじみのクリスマスソングを楽しそうに歌う学生たちに合わせて、軽く歌を口ずさむ。最初は居心地悪そうにしていた弦一郎くんも、歌う私をちらりと見て、ようやく微笑んでくれた。
『――以上、立海大付属高等学校でした!』
高校生の歌の次は、近所の幼稚園の園児たちが出し物をするようだ。私と弦一郎くんは、その間に会場を抜けて夕食を食べることにした。
「ご飯は何にしようか?弦一郎くんは和食がいい?」
「和食でもよいが、クリスマスの雰囲気があるのはやはり洋食ではないだろうか。だから今日は洋食で――」
「真田副ぶちょー!!!!」
背後から急に大きな声がかけられた。振り向くと、先ほどのイベントで司会をしていた子がサンタ帽をかぶったまま走ってくるのが見えた。
「副ぶちょー!見てくれたんすね!」
「……ああ。しかし、何故赤也がこのようなことをしているのだ?」
「人足りないからって歌のヘルプ頼まれたんすよ!そしたら他にもいろいろ頼まれちゃって。ところで副部長、」
デートっすか?と私をちらりと見て、彼は人懐っこい笑顔でにんまりと笑った。なるほど、この子がいつも話に聞く後輩くんか、と私は妙に納得してしまった。隣の弦一郎くんの耳が赤くなって、眉間にいつもより多い皺が刻まれていることを見た私は、彼が口を開くより早く先手を打った。
「そう、デート。今日は君の先輩、ちょっとだけ私が借りるね!」
「――っ!?名前さん――」
「苗字サンっすよね?話はよーく聞いてますよ!どーぞ好きなだけ持ってってください!お熱いっすね副ぶちょー!」
「…赤也ぁ!!!!」
「じゃ、俺は片付けとかあるんで、戻るっす!」
ごゆっくりー、と言い残して走り去っていった後輩くんの後姿を見送って、私は再び弦一郎くんの手を取った。
「洋食、だよね。行こうか。」
「あ、ああ」
夕食は、貯めたバイト代を奮発して少し高級なレストランに入った。勿論、今回も断固として譲ろうとしない弦一郎くんをうまく出し抜いて、全額私のおこりだ。私のわがままで値段の張るレストランに入ったのに、小遣いしか収入のない高校生の彼に払わせるのは年上のプライドが許さない。
「ならばせめて、俺の食べた分だけでも俺が――」
「もうこの話はおしまいって言ったでしょ!それ以上言ったら怒るよ?」
「だが――」
「怒るよ?」
「む、……」
「はい、よくできました。……そのうち奢らないといけなくなる歳が絶対来るから。奢ってやるって言われるうちは、遠慮しちゃいけないんだよ?」
「……それはわからんでもない。しかし、名前さんは俺のか、か…彼女っ、であるし!か、彼女に奢らせる男など!」
「ふふ。いいの。弦一郎くんはまだ高校生だし。それに、男に貢がせる女なんて嫌でしょう?」
「……ありがとう」
そうして他愛もない話をしながらついた駅前は、先ほどよりも少しだけ人が少なくなっていたが、イルミネーションは相変わらずまばゆい光を放っていた。私たちは駅の建物の壁際に立ち止った。
「今日は貴重な時間をありがとう。」
「いや、有意義だった。」
そういって彼は珍しくにっこり微笑むものだから、私はますます嬉しくなる。ちらりを時計を見て、もうすぐ彼が眠くなる時間だと確認したので、私は鞄からリボンで飾られた袋を出した。
「……なんだそれは」
「何って…今日のお楽しみでしょう?プレゼントだよ。」
「……どうして」
「どうしてって…クリスマスだから。あ、もしかして用意してなくて、気にしてるとか?」
そんなの気にしないで、私の自己満だから、と続けた私の言葉を、暫く呆然としていた弦一郎くんは、はっとしたように「違う!」と大きな声で遮る。
「違うって…じゃあどうしたの?」
違うということは、彼もプレゼントを用意しているということだろうか。正直に言うと、とても意外だ。
「クリスマスにプレゼントを用意することは、当たり前のことなのか…?」
「女の子はこういうイベントごとが好きだからそうかもしれないね。でも、なんで?」
そう問うと、彼はおずおずと鞄からクリスマスカラーのリボンのついた袋を取り出した。
「日頃、世話になっているお返しにと用意したのだが…クリスマスプレゼントなどという概念はなかった。名前さんも俺に物をくれるのでは、お返しにならんではないか…」
「じゃあ、プレゼント交換だね!ありがとう!」
「ああ。……だが…」
これではお返しにならん、と彼は少々不満げに言った。どこまでも律儀な彼に、私は感心を通り越して少し呆れた。
「もう、いつも弦一郎くんはお返しお返しって、気にしすぎじゃない?」
「だが、名前さんは家庭教師としての給金はいらんというし、それに毎回俺の家まで来てもらっているというのに、交通費なども――」
もう今までに何度聞いたか分からない彼のその話を、私は手で彼の口をふさいで遮った。それでもなおモグモグ言う彼を無視して、開いたままの彼の鞄に私のプレゼントを突っ込む。強引な私に観念したのか黙った彼を見て手を離し、私も何度言ったかわからない言葉を繰り返した。
「私は“彼女”として弦一郎くんに会いに行ってるの。なんでそれにお金をもらわなくちゃいけないの?」
「だ、だが――」
「なんでクリスマスの夜にお金の話するかなー。そういうの、無粋っていうんだぞ。知ってる?」
「む……すまん」
私が少し怒ったそぶりを見せると、彼はシュンとして黙った。少し言い過ぎたかもしれないと反省しながら、私は彼のプレゼントを受け取った。
「…ね、これ開けてもいい?」
「あ、ああ。俺のも、開けていいか?」
勿論、と二つ返事で返し、私も彼からのプレゼントのリボンをほどいた。小さめの袋から出てきたのは、小さな箱だった。包装を綺麗にとって箱を開くと、そこにはまた箱が入っていた。
「弦一郎くん、これって…」
私は袋と包装を鞄にしまって、ベルベットの貼られたその箱だけを両手で持つ。独特のざらざらした触り心地の布地を、私はゆっくり撫でた。私のあげたプレゼントの袋を開かずに固く握ったまま、弦一郎くんは私の手の中の箱を固唾を呑んで見守っている。
「ひらいて、いい?」
「ああ」
手に力を込めてふたを開く。現れたのは、対になった二つの小さな輝き。
「……こんな…高かったでしょ…?」
「今まで名前さんが俺にしてくれたことと比較したら、こんなもの――」
彼は二つの輪のうち小さい方を箱から抜き取り、私の手を取った。手袋がゆっくりと外される。
「年が明けて受験が終われば、勉強会も終わりだ。だが、どうかそれより先も、よろしく頼みたい」
私の左手の薬指に通る冷たい感触と、手を包み込む弦一郎くんの暖かい手。私はにじむ視界で、彼の手を握り返す。
「……もし頼まれてくれるというのなら、その箱のもう一つを、俺の手に嵌めては、くれないだろうか…?」
同意しない、わけがない。私は彼の言葉を聞き終わらないうちに彼の手を取って、指輪を通した。刹那、私は彼に引き寄せられて腕の中に閉じ込められた。ありがとう、と耳元で発せられた声と体温の暖かさに安心して、私は彼の背に手を回した。
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