『任せておけ、こいつは俺が必ず治す。』

あの後、沖田さんをそのまま内藤くん……沖田さんに言わせると土方さんだが……にお任せすることにして、私は通常通り、職場である病院に勤務している。
そして今日早くに仕事を上がった私は、その足で沖田さんの様子を見に行こうと多摩医院に向けて車を走らせていた。

パーキングに車を停め、今日は表の入り口から院内に足を踏み入れた。もう診察時間も終わりに近いためか、患者さんは受付で会計をしている一人しかいなかった。

私は受付の看護師さんに会釈をすると、診察室に入る。

「お邪魔しまーす。」

彼は短く返事をしたのみでコンピュータのモニターを注視している。

「沖田さんの様子はどんな感じです?」

「ああ、ちょっと待ってろ、」

マウスから手を離した彼はデスクの引き出しから一冊のファイルを取り出し、私の方に差し出した。どうやらカルテのようだった。

「レントゲンで出るくらいには進行してるが、排菌はしてないみてえでな。今はこの薬を出して、この奥に置いてる。」

彼の言葉に促されてPCモニターを見ると、数種類の内服薬のリストが映しだされていた。

「排菌してなかったんですね。それならまずは一安心かなあ。」

そうだな、と彼は同意したものの、その表情は晴れない。

「……?どうしたんです??」

「いや、なんでもねえんだが、」

彼は苦虫を噛み潰したような表情でこちらに向いた。

「あの野郎、俺の言うことやること一々揚げ足取ってきてやりにくいったらねえんだよ。その上、薬が嫌だとか我儘言いやがって…」

そう言いながら苦い顔を変えようとしない彼から、余程沖田さんの言動に手を焼いているのだとわかった。彼には申し訳ないが、少し微笑ましい。が、問題はそこではなかった。結核の治療薬は、勝手な判断でやめたりした場合、菌に薬の耐性ができてしまうのだ。

「薬、途中でやめられたら冗談じゃ済まないですしね…」

「ああ、でもアイツの事だ、俺に隠れて薬を捨てるなんてのは朝飯前だろう…。」

はあ、と大きな溜息をつきながら診察室の奥の扉へと歩いていく彼に続いて私も診察室を後にし、沖田さんのいるという部屋を目指した。

「…私からも言っておきますね。聞いてくれるかわからないですけど、」

「お前が言うなら少しは違うだろ。あいつ、なんで治療がお前じゃねえんだって散々文句言ってきたしな…」

「そうなんですか?」

「ああ、俺に面倒看られてるってのがとことん嫌らしくてな」

あいも変わらず渋い顔を崩さない彼だが、案外本気で嫌がっているようではない。本当に仲が良いんですね、の言葉は飲み込んで、病室の引き戸を引いて室内に入った彼に続いた。

「あれ、また来たんですか土方さん。晩御飯にはまだ早いですけど?」

嫌味を含んだような声音の沖田さんに、元気そうだと一安心して、彼の言う土方さんの背中から顔を出した。

「あれ、名前ちゃんも来てたんだ!」

「お久しぶりです沖田さん。体調はいかがですか?」

声音をコロリと変えた沖田さんに苦笑しつついつもの癖で体調を尋ねると、「病人扱いしないでよ」と拗ねた口ぶりになった。
それを見てふっ、と表情を崩した“土方さん”が、仕事が残っているからと病室の計器類を軽く確かめた後に部屋を去ると、今度は沖田さんが表情を崩した。

「土方さんが心配してましたよ、お薬をちゃんと飲んでないんじゃないかって。」

「……だって。あんなにたくさんあると面倒なんだもの。それに、ちょっと口に入れてるとすごく苦くなってくるんだよ?」

あんなの人の食べ物じゃないよ、と沖田さんは眉を顰めて言った。

「口に入れたらすぐお水で飲み込んじゃうんですよ。そうしたら苦くなりませんよ。」

「嫌だ。喉に詰まるかもしれないじゃない」

「大丈夫ですよ!それに、」

ちゃんと飲まないと、病気の原因菌が薬の耐性を持ってしまって薬が効かなくなってしまうんです、と言うと、沖田さんはますます顔を顰めた。

「それ、耳にタコが出来るくらい土方さんに聞いたよ。……一応ちゃんと飲んでるつもりなんだけどな。土方さんったら本当にお節介なんだから。」

どうやら内藤くんの心配は杞憂だったらしい。そうならそうとはっきり言えばいいのに言わないあたり、土方さん相手には意地でも素直になりたくないらしい。見た目とは裏腹に中身は随分幼いんだな、と改めて微笑ましく思って沖田さんを見ていると、突然彼の瞳が真剣味を帯びた。

「もし薬が効かなくなったら……もう治らないの?」

「いえ、そうとも言い切れません。ただ、治すのは簡単ではないし、今よりもっと薬の量が増えるか……最悪の場合、手術になります。」

そうなってしまうと、私と内藤くんの手の内では収まらない事態になってくる。それだけは避けたかった。

「……"そうとも言い切れない"?ということは、死ぬことも多いわけ?」

「……難しい病気ですから。そもそも、薬の耐性が出来る前の結核――労咳でも、亡くなる方はたくさんいるんです。不治の病なんて言われなくなっても、危ないことには変わりありません。」

これが現代医学の限界だ。どんな分野でも、今わかっていることが全てだと思い込み、その中で何でもかんでも説明をつけようとする風潮があるけれども、それは愚かなことなのかもしれない。今わかっていること全てを持ってしても、病気の全体は図り得ないし、これから沖田さんの労咳がどうなるかなんて、知りようもないのだから。

沖田さんは、私の顔を注視した後、目を伏せた。予想以上に深刻な顔をしてしまったらしい。

「……ありがとう」

 




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