Thu.


「先生、昨日の短歌、うちのクラスのです。」

「…ああ、ご苦労だった。そこに置いておいてくれ。」

三年の加藤清正が教員室に入ってくるなり顔を顰めたのは致し方の無いことだと元親は諦める。今や教員室は、生徒から回収されてきたプリントの山、山、山。昨日の昼、学長の鶴の一声で始まった催し物は、教員室を地獄絵図へと変貌させていた。

「……大変そうっすね。」

「お前の愛する学長が明日までにやれと言ったんでな。抗うのも一興だが、今回ばかりはそういうわけにも行かない。」

「明日……。」

いくら豊臣学長が好きな清正と言えど、こればかりは無茶だと感じたらしい。複雑な顔をして押し黙った清正を見て、生徒に見せるべきものではなかったと元親は少しばかり後悔する。
若いうちは現実より理想を見て育つべきだと元親は思う。清正が尊敬する"理想の"学長の姿を崩すべきではないのだ。現実なら、大人になってから腐るほど見る。――そう、今の俺のように。

「……明日には学長好みの凄絶に楽しめる冊子が出来上がることだろう。お前も期待していろ。」

「……はい!」

フッと笑んだ彼は上機嫌そうに教員室を出て行った。それと行き違うようにして、苗字名前が教員室に顔を出した。……こいつはもう大人だ。現実を見るのを少しくらい手伝わせても良いだろう。

「うわあ……」

教員室に入ってくるなり、名前も清正と同じく顔を顰める。

「ちょうどいい、名前、手伝え。」

作業を始めた頃は職員室に煌々と差し込んでいた夕陽の橙色も、今では暗闇にかき消され暫くが経った。今は少しでも人手が欲しい。元親は山の渦中で、プリント数枚を見比べながら名前に声を掛けた。

「え、…構いませんけど。私俳句のセンスなんて全くありませんが大丈夫でしょうか??」

「俳句ではない、短歌だ。お前には選定ではなく、データ入力を頼む。」

明日には紙に刷って冊子にした後配布しろとのお達しだからな、と、元親はプリントから目すら離さずに言った。

「明日!?……ちなみに今、どのくらい見終わってるんですか…?」

「一年の全クラス分がようやく終わりそうなところだ。」

「……、」

元親の言葉を聞いて押し黙った名前は、おとなしくPCの前に座り、冊子に掲載されることが決定されたプリントの山に手をつけはじめた。あまりのプリント枚数の多さに、国語科教員は全員選定にまわらざるを得なかったが、名前が入ったおかげで選定と入力が少しでも同時に進むようになったと喜びつつ、元親は黙々と『夏』がテーマの短歌を読み続ける。テーマは2つあったはずなのだが、そこはさすがに高校生、恥ずかしさがあるのか。提出された作品の殆どが『夏』に関するものだった。


「また学長もとんでもないこと思いつきますよね」

「全くだ。」


彼女は、入力を行いつつ生徒たちの作品を楽しんでいるようで、「へえ、」と声を上げたり、くすくすと笑ったりしていた。


一年のクラスから始めた短歌の選定もそろそろ三年生の終わりにさしかかろうかという頃、急に名前が息を呑む音が聞こえた。気になってそちらに目を向けると、彼女は動揺しているように見える。


「どうした?」

「あ…い、いえ、何でもないです…」


その手には一枚のプリントが握られている。ちらりと見ると、それはもう一つのテーマである『懸想』を歌った作品だった。元親にはその歌を読んだ覚えがないので、誰か他の教員が採用にしたのだろう。
名前は彼の視線から逃れるようにもう一度強めに『なんでもないです』と言ってそのまま作業を再開した。

元親には、紙の両端が若干しわくちゃになったそのプリントに見覚えがあった。あの皺はちょうど、両手でプリントを持った状態から手に力を入れるとできるものだ。

それにあの筆跡――彼が持っているクラスの提出物でよく見る筆跡だった。それも、その字の持ち主は文学的センスが中々良いのか、宿題を課すと毎回鋭い解答を出してくるので、元親もよく記憶している。


(そういうことか…面白い。)


氏康から三成宛てのメモを渡されたときには何事かと思ったが、まさかこのようなことだとは、誰が想像出来ただろうか。

PCの前に座る名前を見る。彼女は、入力作業に集中している――否、集中しようとしている――様子だった。



――どうやら、大人でも夢や理想を追いかけるチャンスはまだまだ転がっているらしい。

「……上等!」

小さく呟き、元親も作業を再開した。

 




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