黒南風1
寒い……。四郎兵衛は体を縮こめた。冷たい空気が、肌を刺す。
おかしいな、と思った。
ちょっと前までは、あんなにあたたかくて、感覚を刺激するものなんて一つもなかったのに。そういえば、あのぬくもりはどこに消えてしまったんだろう。
体から手を離して、布団の中を探るが、目当ての体温は見つからない。
「しろ……」
ふわりと、頭がなでられた。
ああ、これだ。探していたのは、このあたたかさ。
しかし、安心する間もなくその手は離れていく。それを留めようと、手を持ち上げたが、間に合わなかった。
「せ、んぱい……?」
急速に意識が戻ってくる。昨夜は三之助の部屋に泊まった。布団の上ではなく、彼に抱えられているうちに、眠りに落ちてしまったのだ。
では、さっきまでのぬくもりは先輩のもの?
そして、離れていったのは朝だから?
重たいまぶたを無理やり持ち上げると、部屋の中は薄暗かった。まだ、朝とはいえない時刻。こんな早くに三之助が起き出すなんて、ふだんはありえない。
四郎兵衛は起き上がって、ぼんやりと戸を見つめた。
厠だろうか。それとも、水でも飲みに行ったのだろうか。どちらにしろ、迷子になっていなければいいけれど。
ぱたたたた……
大きく、水の跳ねる音がした。
四郎兵衛ははっとして、周囲を見回す。
鼻をくすぐる水のにおい。耳を澄ませば、屋根を打つ滴の音。
「雨、だ」
戸を引けば、まぶしい光の代わりに、湿った空気が部屋に入り込んだ。
薄闇に包まれる空。垂れ込める黒雲。
それは、六月に入って、初めての雨だった。
そして、三之助は、日が昇っても部屋に帰ってこなかった。
prev top next