出水1
顔に、腕に、突き刺さるように打ち付ける雨。逆巻く風は、容赦なく木々を揺らす。足元も見えないほどの闇の中。
四郎兵衛は、小さな光を見つけた――。
闇雲に三之助を探したところで、見つからないのは初めからわかっていた。
それで見つかるようなら、先生方が見つけ出しているはずだ。
考えた末に、四郎兵衛が選んだのは、獣道だった。
雨風が強い。探す上ではこれほどの悪条件もなかったが。ただ一つの点においては、幸いというべきだ。広範な場所をあてずっぽうに探す必要はない。
三之助がいるのは風雨をしのげる場所に限られる。
三之助は無自覚に迷子になることが多いが。そのくせ、一人きりだとある程度真っ当な行動をとることがある。もし、三之助が知っている場所に出たら、その近辺で安全なところを探すだろう。
本来の山道は先の捜索で、探しつくされていると考えていい。ならば、それ以外で三之助が分かる道はどこかといったら。
体育委員だけが使う道。かつて、七松小平太が無茶を通して使った道。
傾斜に沿う山道ではなく、頂上まで直線にして最短の道だ。
裏々々山までの山中には実戦形式の練習に使う山小屋が点在している。その中でも、獣道に近いところだけを探していこう。
四郎兵衛はぬかるむ地面を踏みしめ、木をつたいながら、ゆっくりと進んだ。こまめに、木の幹にしるしをつける。ここで自分が怪我をしたり、迷ったりしたら何にもならないと、十分に承知していた。
されど、嵐の山中は伸ばした手の先が見えなくなるほどの闇。しだいに時間感覚も曖昧となり、自分が今裏山にいるのか、それとも裏々山まで来たのかも分からなくなるほどだ。
すでに忍服はぐっしょりと濡れそぼち、体にまとわりついて非常に気持ち悪い。
一つ目の小屋は空振りだった。二つ目も、三つ目も。
ひとつ、外れるごとに胸中には不安が募る。何しろ、ほとんど根拠のない予想で行動しているのだ。
今頃、三之助は学園に戻っているかもしれない。それならそれでいいことなのだが。
まったく見当違いの場所を探していたらと、考えてしまう。
その、小さな落ち込みが。
隙になった。
ずるり、とぬかるみに足を取られ。
あっと思う間もなく、体が傾ぐ。四郎兵衛はとっさに、手を伸ばした。指に当たったのは、細い枝。つかんだ手の中から、するっと逃げていく。
四郎兵衛は必死で体を捻った。背から倒れるわけにはいかない。荷物をしょっているのだから。
しかし、肩に衝撃を受けたあとは、何がなんだか分からなくなった。顔をかばう腕、足にも、痛みが走る。そして、唐突に滑落は止まった。
気付くと、四郎兵衛は大きな茂みの中にいた。腕や足がじんじんと痛む。だが、体を起こすことに支障はなく、状態を確認したところ、大きなけがはないようだった。
背の荷物も、何とか無事だった。少し汚れたようだが、中身はそのままだ。その代わり、忍服の前面は泥だらけになってしまった。
(まだ、平気だ)
四郎兵衛は自分が落ちてきた斜面を見上げた。さいわい、上れないような勾配ではない。距離も短い。茂みから這い出し、木を支えに体制を整える。
と、そのとき。
四郎兵衛は目の端に揺れる光をとらえた。
(あかり?)
一瞬だった。
目を向けたときには、もう何もなく、ただ漆黒がたたずむだけ。見間違いだろうか。
しかし、四郎兵衛の胸は高鳴った。
獣道とは反対方向。そして、そこに小屋があるかどうかも分からない。しかし、四年生の四郎兵衛が知らされていない拠点があっても不思議ではなかった。
四郎兵衛は支えにしていた幹に印を刻んだ。
間違っていたら、戻ってくればいい。
道を、見失ったわけではないのだから。
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