出水3

 四郎兵衛が持ってきてくれた風呂敷包みを開けて。単と袴と、下帯が出てきたところで。
 三之助はぶっと吹き出した。


「しろ、下帯まで持ってきたの?」
「だ、だって、濡れてると、かぜひきやすいから」
 たしかにその通りで、ありがたいとも思うのだが、どんどん赤くなる四郎兵衛に、三之助は笑いを抑えられない。
「わ、笑うことないじゃないですか!」
「いや、ごめん。でも、なんでそんなに顔真っ赤……」
「先輩が笑うからですっ!」
 さらに頬を赤くした四郎兵衛は、「早く、着替えてくださいっ」と言うと、くるんと後ろを向いた。三之助はにやけたまま、袴に手をかける。と、疑問が生じた。
 着物が一揃え。
 すべて三之助のものだ。
 では、四郎兵衛はどうするつもりだろう。
「しろ」
「なんですか?」
「俺の着替えだけ?」
「はい?」
 背中を向けたまま、四郎兵衛が首をかしげた。
「自分の着替えは持ってきてないのか」
「あ……」
 四郎兵衛がかたまったのが分かった。三之助も思わず額に手を当てる。
「どーすんだよ」
「どうしましょう」
 振り返った四郎兵衛は涙目で。
 そんなかわいい顔すんなばか、と心の中でため息をつく。
「しろ」
「あい」
「とりあえず、頭ふけ」
 手ぬぐいを放り投げて、三之助は自分も髪結いを解いた。頭を振ると、しずくが顔に降りかかる。
 あるのは、単と袴と、手ぬぐい。
 とりあえず、単は四郎兵衛に着せようと三之助は決めた。三之助の忍装束は、干しておけば朝までには乾くだろうし、無理に着替えなくても問題ない。忍装束だから、下に袖のない単も着ている。おまけに袴だけでなく、幸いにも下帯の代えまであるのだから。

「あの、次屋先輩」
「なに?」
「僕、このままで大丈夫ですよ」
 三之助は眉間にしわを寄せた。
 四郎兵衛は手ぬぐいを握り締めたまま、うつむいている。表情が読めない。
「忘れちゃったのは、僕だし、気にしないでください」
「そんなわけにいくか」
「でも」
 言い募ろうとする、四郎兵衛を手で制し、三之助は単を片手に上がり口まで戻った。
「四郎兵衛」
 身をかがめて、耳元でささやく。
「ひんむかれるのと、素直に着替えるのと、どっちがいい」
「ひゃうっ」
 小さな悲鳴を上げて、四郎兵衛が飛び退った。
 ほっぺたが、また真っ赤になっている。
「どっちがいい?」
 三之助がもう一度尋ねると、四郎兵衛はおずおずと手を伸ばした。
「……着替えます」

 四郎兵衛が衣を受け取ったのを見て、三之助は広げっぱなしだった風呂敷のそばまで戻った。
 濡れた単は羽織ったまま、下帯と袴を取り替える。風呂敷と油紙を丁寧に畳んで、空いた場所に濡れた衣を広げた。そこまで手早くやり終えて。
(しまった)
 三之助は時間をかけなかったことを後悔した。
 背後の衣擦れの音が気になってしかたない。しかし、気を紛らわせるものなんてどこにもなく。待つことしかできない。
 ちらちらと揺れる小さな光を、ただただじっと見つめる。

 薪は一晩保つほどの量はない。空気が冷たいわけではないから、火がなくても凍え死ぬことはないだろうが。体調は崩すかもしれない。
 三之助は思い立って、四郎兵衛の名を呼んだ。
「しろー」
「はい?」
「下帯も取っちゃえよ」
「……ふぇっ!?」
「俺のだって濡れてるぐらいなんだから、お前のなんか、ひどいことになってるだろ」
 四郎兵衛の返事はない。
 三之助は大げさにため息をついてみせた。
「四郎兵衛、ひんむかれ……」
「わかりましたっ!!」

 めずらしい大声に、三之助はのどを鳴らして笑った。


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