残暑3

 四郎兵衛は、跳ね起きた。
 夜着が汗で濡れている。学園に来ればもう見なくなるかと、少しは期待していたのに。
 この日も、四郎兵衛はあの夜の夢を見たのだった。



 夏休みが明けて七日。

「しろ。明日の夜、泊まりに……」
「つぎ、や、先輩。ごめんなさい。ちょっと用が……!」

「しろ先輩、次屋先輩が探していましたけど」
「え……っと、ごめん金吾。ぼく行かなきゃ」

「四郎兵衛、三之助に……」
「滝夜叉丸先輩! ごめんなさい!!」

 そんな風に逃げ続けてばかりだった。
 委員会でも、下級生ばかりをかまって、三之助には近付かないようにしている。滝夜叉丸と金吾が、訝っているのは知っている。でも、顔を見ただけで、どうしていいか分からなくなってしまう。以前、どうやって彼と接していたのか思い出せなかった。



 この日、体育委員会の活動は夏休みが明けてから初めての、裏々々山までのジョギングだった。当然のように三之助は迷子になり、活動は中断を余儀なくされた。
 晩夏とはいえ、まだ日差しは強い。委員長は下級生の体調を慮り、四郎兵衛と金吾に帰還命令を出した。
「三之助」
 日暮れ前、ようやく五年生を見つけ出した滝夜叉丸は、釈然としない思いを抱えたままだった。
 いつもなら、自分も行くという四郎兵衛が、今日に限って大人しく下級生を連れ帰った。夏休みが明けてからの四郎兵衛の行動は、明らかに不審だ。そして、その原因はこの男を置いて、他にいないのだった。
「お前、今度は何をやったんだ」
 学園へと戻る道を走りながら尋ねると、「何もしてねえっす」となんとも軽い返事が返ってきた。
 滝夜叉丸は胡乱気に三之助を見やる。
「お前が何かしなくて、しろがあんなふうになるわけないだろう」
 三之助に近寄らない、目を合わせない。それどころか、委員会以外では逃げ回っているフシがある。
 夏休み前には三之助で、今度は四郎兵衛。いいかげん、しびれも堪忍袋の緒も、切れようかというものである。
「夏休み明けてからずっと、しろとちゃんとしゃべってもいないのに、何もできるわけないじゃないですか」
 それはその通りだが、滝夜叉丸の不信感はそんなものではぬぐえない。
「……その前は」
「夏休みは会ってないです」
「もっと前」
 三之助は頭をかいた。
 心当たりはある。しかし、滝夜叉丸とはいえ、あの夜のことは言えるはずがない。言葉にしようものなら、殴られるだけではすまないだろう。
 本当は、学園がはじまったら最初に謝りに行くつもりだった。
 ぱたんと気を失ってしまった四郎兵衛が、三之助の謝罪を聞いていなくても不思議ではなかったから。もう二度としないと伝えて、許しを請おうと思った。嫌だというなら、近付く事だって遠慮する覚悟だった。
 しかし、これほどさけられると、つかまえるのも気が引ける。三之助がその気になれば、四郎兵衛など簡単に捕らえられるのに。
「機会を見て、話します」
「早めにしろよ」
 滝夜叉丸は追求せずに話を切り上げた。
 ちょうど、木々の向こうに、学園が見えたところだった。


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