二百十日3
作兵衛は帰って来るなり、散らかしっぱなしだった洗濯物を片付けはじめた。三之助はそれを布団の上から、不審そうに見やった。同室の男が、どうしてこんな時間にそんなことをやりはじめたのか、理解できなかった。
その上、体育委員会を終えてぐったりしていた三之助にまで、「片付けろよ」と言う。
「なんでだよ」
おっくうそうに尋ねると、彼はぐっと言葉を飲み込んだ。
「数馬が恐え」
漏らした本音はそれだった。
「数馬?」
「そーだよ。あいつ、今日中に片付けなかったら、二度と泊まりに来させないっていいやがんだ」
三之助は首を傾げた。
たしかに、数馬は以前からこの部屋の惨状に文句をつけていたが、半ばはあきらめているようだったのに。なぜ急にそんなことを言い出したのか。たった七日で元に戻った現状に腹を立てたのかもしれないけれど、むしろ。
「お前、怒らせただろ」
「違えよ! 俺じゃなくて、お前が……!!」
「俺?」
「お前が、その、たぶん分かんねーと思うけど」
作兵衛が歯切れの悪い返事を寄越した。
「お前が怒らせたんだよ。俺はそれに巻き込まれたんだ」
三之助に心当たりはなかったが、作兵衛がそうだと言うのなら、そも、自分の部屋のことであるし、手伝わなければならないだろう。
「あとで数馬が話しに来るし」
とまで言われては逃げ場がない。
三之助が重い腰を持ち上げたところで、作兵衛が深くため息をついた。
「数馬が何で怒ってんのかなんて、分かんねーよな」
それは俺も分かんない。
三之助は口にしなかったが、二人は目を合わせて、うんとうなずきあった。
「あの、富松先輩は三反田先輩の部屋に泊まるとおっしゃっていました。だから、その、お話したいことがあるので、今晩、泊めていただいてもいいですかっ!?」
白いほっぺを真っ赤にして、その小さくかわいい生き物は言い切った。
それを目の前に、三之助は軽いめまいを覚える。
数馬が来るのではなかったのか。
作兵衛の、あの歯切れの悪さはこういうことだったのか。数馬の笑顔と、申し訳なさそうな作兵衛の顔が、交互に脳裏を横切った。
しかし、この突撃はあまりに心臓によくない。今まで遠ざかっていた分の欲求不満が、全部出て行ってしまいそうだ。
「悪いけど、今度にしてくれ」
言ったとたんに、四郎兵衛の顔がゆがんだ。見る間にたまっていく涙。その様子が、またどうしようもなくかわいらしくて、胸の奥が疼く。
しかし、四郎兵衛は一度は頷いたものの、ぱっと顔を上げて「少しだけでいいんです」とねばる様子を見せた。
「ご迷惑ならここでいいですから、お話しさせてください」
よほど思いつめているのか。それとも、数馬の差し金か。
三之助はため息をついた。
「なに?」
「ごめんなさい」
四郎兵衛が大きく頭を下げる。
「ずっと逃げててごめんなさい。明日から、ちゃんとできるようにがんばります。でも、すぐにはむりかもしれないんです。それは、次屋先輩が悪いわけじゃなくて、ぼくが」
ひうっ、としゃっくりがもれた。
三之助は、ずっと下を向いている四郎兵衛が泣いていることに気付いた。思わず手を伸ばすが、続く言葉に動きが止まる。
「ぼくが、いけないんです。だから、きら、きらいに、ならないで、ください」
すとん、と重石がとれた。
きらいにならないで、ということは、すなわち四郎兵衛は三之助をきらってはいないということ。
それだけで。舞い上がるほどに嬉しい。
「お時間とらせて、すみませ」
「待て」
腕をつかむと、四郎兵衛は大きく震えた。
おずおずと見上げてくる泣き顔に、三之助はふっと笑う。
「泊まりに来たんだろ。帰んの?」
それは、いじわるな聞き方だ。
でも、四郎兵衛は、濡れた目を大きく見開いたあと、ほっとしたように笑った。
「はいっ」
一月ぶりの笑顔を直視できずに、三之助はぱっと背を向けた。
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