鳳仙花1

 ふわふわの髪。
 うすべにのほほ。
 半開きのままの口。
 三之助はやっぱりかけ布団ごとその小さな生き物を背中から腕に閉じ込め、至福のときを味わっていた。


「あ、の、次屋先輩?」
「なに?」
「まだ、そんなに寒くないですけど」
「いや?」
「いや、では、ない、です」
 恥ずかしそうに、うううとうなる四郎兵衛は、分かってやってんのかこのやろうと思うほどにかわいい。これ以上何もしないための予防線であるこの布団も、いつまで役に立つだろうか。
 そうだ、よくない。
 三之助は、はたと思い当たって手を放した。あの夜、二度としないと言ったのだから、四郎兵衛がきちんと許してくれるまではがまんしなければ。でも、近くにいれば、どうしたって手を伸ばしてしまう。
 「寝るか」と立ち上がって、向こう側に敷いてある作兵衛の布団へと踏み出す。
「え?」
 振り向くと、四郎兵衛はきょとんと……いや、なぜだか拍子抜けしたような顔で三之助を見ている。
 その一瞬後、ぽんっと顔を赤くした。
「……え?」


 三之助の「寝るか」という一言に、四郎兵衛は思わず不満の声を漏らした。
 だって、まだ夜は更けていない。長屋のあちこちに人の起きている気配があるし、笑い声だって聞こえてくる。それなのに、もう寝てしまうなんて、それはなんだか、さみしい。
 もう少し、お話がしたい。
 もう少し、くっついていたい。
 だって、寝るときはいつも布団が別だから。
 その思いを言葉にしようとして、それがどれだけ恥ずかしいか、気がついた。
 ぶわっと、顔が熱くなる。
 四郎兵衛を振り返った三之助が「……え?」ととまどったようにつぶやいた。
 どうしよう。
 言い訳を、いいわけをしないと変に思われる。でも、「はい」と答えるのは抵抗があった。それは、本心ではない。
 六月のときも、梅雨の時期のすれ違いも。いつも三之助が分からなくなるときは。四郎兵衛も本当の言葉を隠したままだった。
 また、そんなものにおびやかされるくらいなら。

「あの、次屋先輩」
 それでも、語尾が小さくなるのはどうしようもない。
「何?」
 三之助が距離を開けたまま、腰を落とした。手をうんと伸ばせば届くほどの間だが、それも悲しい。
 四郎兵衛が布団を置いて、膝立ちで近寄ると、三之助はわずかに身を引いた。
「せ、んぱい?」
「あー、いや、ごめん、しろ。そのまま、話せない?」
 がん、と頭を殴られた気分だった。
 三之助は四郎兵衛に近寄られたくないのだ。それならなぜ部屋に入れたのか。
 さっきまでくっついていたのはどうして?
 三之助が分からない。
 でも、さっき決めたばかりだ。本当のことを言うって。思っていることを伝えるって。

「ずっと逃げてたのは、恥ずかしかったからです」
「俺が、口吸ったから?」
「そう、ですけど、でも」
 でも、違う。
 それはきっかけだったかもしれないけれど、原因ではない。ところが、続けようとした四郎兵衛を三之助はさえぎった。
「二度としない」
「え、え?」
「二度としないから、安心していーよ」
 三之助が話は終わったというように背を向けた。

 やめて、やめて、ちがう。そんなさみしいこといわないで。
 ぼくの言いたいことをちゃんと聞いて。

「ちがいます!」
 四郎兵衛は三之助の背中に抱きついた。
「そうじゃないんです! ぼくが恥ずかしかったのはぼくのせいだって言ったじゃないですか」
 三之助に思いを伝えるにはもう全部話すしかないと思った。なんでそんなにさっさと話を切り上げようとするのか分からない。
「夢に見るんです。あの夜の夢を、何回も見て」
「しろ?」
「夢が、どんどん、あの夜から離れていって、それではずかしくなったんです。先輩に知られたらどうしようって」
「離れてって……」
「小屋なんかどこにもないんです。ただ、先輩に口を吸われているだけの夢なんです」
 三之助が息をのんだのが分かった。
 言ってしまった、という後悔が胸に渦巻く。でも、後戻りなんてできないし、したくない。
「しろ、手放して」
「やです。聞いてください」
「放せって」
 四郎兵衛は首を振った。
 三之助の言うことは聞かない。聞いたら、一番大事なことを言う前に逃げていかれそうだった。また、途中で止められたら、取り戻せない気がする。
「ぼくはもっと先輩とくっつきたかったんです。口を吸われたのも、うれしかったんです。だから、あんな夢ばかり見て」
「放せって!」

 ぱっと手が払われた。
 そんなに強く力をこめてなかったせいで、簡単に離れてしまう。
 でも、四郎兵衛がどんなにぎゅっと力を入れても、三之助には敵わない。

 やだやだやだ。
 離れた背中に、手を伸ばす。だが、その腕を引かれた。
 四郎兵衛が目を丸くする間に、正面から、抱き込まれる。

「放せって言ってんだろ」

 その声は、耳元で聞こえた。


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