鳳仙花2

 背中から抱きつかれて、体が熱くなった。
 触れないでいるなんて、どうしたってできなかった。


 強く、強く、小さな体を胸に抱いて、三之助は息を詰めた。
 四郎兵衛はただなついているだけだ、と。恋とは別のものだと分かっている。本当は、その気持ちがちゃんと自分に向くまで、待つべきだった。そのつもりだった。
 だから、これは、がまんできずにその唇を奪った、報いだ。
 初めに触れたのが三之助だから。四郎兵衛は三之助を意識したのだろう。
 なんて絶望感。
 このまま、黙っていようか。
 そうしたら、四郎兵衛は自分のものになる。でも、きっと、二度とあのまっすぐな視線を、正面から受け止めることはできなくなるのだろう。
 四郎兵衛の柔らかい髪に頬を当てて、三之助は声を絞り出した。
「しろ、それは違う」
「ちがう?」
 涙をためたまま、見上げてくる四郎兵衛がいとおしい。
 そう、この想いに名前を付けるならただ一つ。
「俺は、しろが、こいしい」
 数馬の言を借りれば、好き、か、嫌い、の関係。
 その二択で、嫌いであるはずがなかった。
 特別な好き、それは、すなわち――



(恋し、え?)
 四郎兵衛はぽかんと男を見上げた。
 その名を知れば、彼の振る舞いも納得がいくような気がする。
 四郎兵衛に触れるのも。理由を知らずに滝夜叉丸の名だけ聞いて、四郎兵衛を避けたことも。四郎兵衛に応えて、口を吸ってくれたことも。
(うあ、は、はずかしい)
 四郎兵衛は急に三之助の顔が見られなくなって、うつむいた。背に回された手や、すぐ目の前にある胸、体温、息づかい。どうして、今まで何も感じずに触れられていたのかが分からない。
 心臓が、今までにないほど激しく胸を叩いた。息が苦しくなる。でも、胸を押さえた手の、指の先まで。震えるほど。
(この気持ちに、名を与えるとしたら何?)
 その答えも、また、ひとつしかないように思えた。

「ぼ、くも」
 先輩をお慕いしています。
 とは、言わせてもらえなかった。
 「違う」と三之助の声がさえぎる。
「え?」
 顔を上げると、三之助の手が頬をなでた。
「しろのは違う。俺が最初だったから、勘違いしたんだ」

「ぼくの! きもちを! せんぱい、が、決めないでくださいっ!!」
 四郎兵衛はかっとなって叫んだ。

 何が、違うのか。まるきり一緒だとは言わない。でも、突き放すように違うと言われるのはがまんできない。
 くっついて、うれしいと思うのは自分だけだったのか。抱き寄せたのは、三之助のくせに。

 耳元で、三之助がくっと笑った。
「違うね」と低い声に、背筋がひやりとする。

「俺の恋しいは、こういうことだ」


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