No-look,shoot!


「お願いします!」


講義も予定も無く暇を持て余していたところに、突然うちに訪れたのはゼミが一緒のなまえちゃん。
俺の彼女の、と言ってしまいたいところだけど、残念ながらこの気持ちは俺の一方通行に過ぎないのが現実だ。

俺が顔を上げるよう促すまで、頭を垂れ続けていた彼女。何事かと話を聞けば、女子力を鍛えるのに協力してほしい、との事だった。なにそれどういうこと?
頼られるのは悪い気はしないけど、いまいち状況が掴めなくて聞き返す。

「えっと…なんで、俺に?」
「善逸くん女の子好きでしょ、だから!」
「へ、いやまぁ…そりゃ好きだけどさ、」

こうも面と向かって女好きでしょと言われると、さすがの俺でもちょっとバツの悪さを感じるよ。
それに本当に好きなのはきみなんだけど、なんて口が裂けても言えない。俺なんか絶対脈ナシなの分かってるし。
まぁこういう少し言葉が足りていないところも可愛いと思っちゃうほどには惚れてしまってるわけなんですけど。
果たして俺が彼女の女子力を上げるために力になれるのかは疑問だけど、ひとまずもう少し話を掘り下げる事にした。

「そもそも、なんで女子力なんか鍛えたいの?」
「え、と、それは…」

これ以上なまえちゃんの魅力が鍛えられてしまうのもそれはそれで心配なんだけど。
一瞬口をつぐんだかと思うと、彼女はとんでもない爆弾を投下した。


「すきなひとに、告白しようと、思って」


まさに雷に打たれたような衝撃。
いや告白してもないのに失恋するとか、こんなことある!?
まぁ慣れてますよ、こんな事幾度となく経験してきたさ。この程度で絶望するほどヤワじゃないわけ。俺の鋼メンタルなめんなよ!

少し伏し目気味にもじもじと頬を赤らめるなまえちゃんはそれはもう抜群に可愛い。
だけど、その気持ちは俺ではない誰かに向けられている。
何が悲しくて好きな女の子の、しかもどこの馬の骨ともわからん男との恋のお手伝いをしなけりゃならんのよ。
ただ失恋するだけならまだしも、そんな傷をさらに抉るような事、いくら鋼のメンタルを持つ俺でもさすがに堪えるぞ。

「お願い、善逸くんにしか頼めないの!」

なまえちゃんはそう言うとまた頭を下げて、今度は両手をパチンと合わせる。
そんな言い方されちゃったら、馬鹿な俺は断れないじゃない。それに好きな子にここまでさせて頼みを聴かないなんて男としてどうなのよ。
笑顔の似合う彼女には、やっぱり笑っていてほしいから。

「わかった、俺に出来ることならなんでもするよ!」
「ほ、ほんと!?ありがとう善逸くん!」

心底嬉しそうな様子で俺の大好きな顔で笑うなまえちゃん。よっぽどそいつのこと好きなんだろうな。
それでもこの笑顔が見れるなら、と自分を正当化しようとする俺は完全に惚れたもん負けだ。
もうこうなりゃヤケだ、全力でキューピッドを演じてやるよクソーーーッ!

「早速ですが先生、よろしくお願いします!」
「せ、せん…ッ!」

唐突に先生と呼ばれて危うく良からぬ妄想を膨らませそうになる。違う違う、そういうプレイじゃないから。なまえちゃんが悩んでるって言うのに最低か俺は!
咳払いと一緒に邪念を消し去り、彼女のテンションに合わせるように返答する。

「了解だ、なまえくん。ところで君は具体的にどういった部分で女子力とやらを上げたいんだね?」
「えっと、まず、服!」
「ふむ、服ねぇ」

確かに彼女が普段着ているのはカジュアルで動きやすそうな服装が多く、一般的に言われる男性ウケの良い服装ではないかもしれない。
俺としてはその服が彼女に似合っているし、そもそもなまえちゃんは何着たって可愛いんだから何の問題もないと思っちゃうけど。

彼女たっての希望でさっそく車を出し、街へと繰り出した。いつか来るこういう時のためにと、日頃から車内をキレイに保っていた過去の俺を心の底から褒めてやりたい。
頭から爪先まで何でも揃うであろう、大きなショッピングモールで数あるショップを吟味する。

「どんな感じがいいの?例えばカワイイ系とかキレイ系とか」

その好きな人の好みとかさ、と一言付け足してまたちくりと胸が痛む。自分で自分の心臓ぶっ刺してるようなもんだけど。

「任せる!」
「え?」
「善逸くんが好きな女の子に着てほしい服で選んで!」


よくもまあ人の気持ちも知らないでこの子は…!
でも確かにその方が男性代表的な意見としてリアリティあるし参考になりそうだもんな。
それに、自分の好きな子に好きな格好をさせられるんだぞ…!今回みたいな正当な理由でもなきゃ、まずこんな機会は訪れない。この千載一遇のチャンスを逃すなんて男に生まれた意味がねえ!!

「そういう事なら、お任せあれ!」

俺は恋する女の子に協力しているだけなんだ、と見事に復活した邪念を正当化する。
っていうかこんな不幸な役回りを担ってやってんだ、これくらいのおこぼれをいただく事くらいは許していただけますよねェ神様。

彼女は少女のようなあどけなさの残る、どちらかと言うと可愛らしい感じの顔立ちだ。服まで甘くしすぎると幼く見えてしまうかもしれない。
Vネックの白いブラウスにキャメルのフレアスカートを合わせる。差し色に淡い黄色のスカーフを取り入れれば、シンプルながらも清楚かつ甘すぎない絶妙なバランスとなった。

「ど、どうかな」
「…っ!」

俺のセンスもなかなか捨てたもんじゃない。そんな自画自賛をしている間に試着を終えた彼女は、俺の想像を遥かに上回る完成度で思わず拝みそうになった。天使かな?女神様かな?
彼女の想い人が心底羨ましいし妬ましい。だってこんな天使みたいななまえちゃんに好きとか言われてあんなことやこんなこともできちゃうわけでしょ、俺もう気が狂いそうなんだけどアァアアーーーッ!!

「すっごく似合ってるよ」
「ほんと!?…善逸くんにそう言ってもらえるの、嬉しいな」

血の涙を流すような思いに蓋をして似合ってると伝えると、彼女は少し恥じらいながらも喜んでくれた。
そんな事言われると勘違いしそうになっちゃうでしょ。

「ありがとう、善逸くん」
「どういたしまして!それで、次はどうしたい?」
「はい!料理をマスターしたいです!」

正直、なまえちゃんが普段から料理をしているようなイメージはあんまりない。彼女は結構おっちょこちょいで不器用なところがあるからなぁ。あ、もちろんそんなところも可愛いんですけど。
それでも好きな人の手料理を食べてみたいと思ってしまうのが男の性というものだ。

二つ返事でOKした俺は、帰り道にスーパーまで車を走らせる事にした。
適当な曲をランダムにかけていると、助手席に座るなまえちゃんがとある曲に反応した。

「あ、この曲」
「知ってるの?最近ハマっちゃってさ、よく聞いてるんだ」
「わたしも好き!」

わたしも好き、そのフレーズにあり得ないくらい心臓が跳ねた。
いやいや俺の思考回路バグってんのかよ。ご都合主義なのは認めるけどさ、ここまで来ると病気だよ。
一人悶々としている隣で、なまえちゃんが楽しそうに曲に合わせて口ずさむ。
速くなる鼓動の音を振り払うように一緒になって歌っていたら、善逸くん上手いね、なんて言われて余計に顔が熱を持つ。
いや待ってこれ超デートっぽくない?なんて変に意識してしまいそうになるのを、少しだけボリュームを上げてごまかした。

「ところで、なに作るの?」
「うなぎの蒲焼きと、桃のタルト」
「え、何その取り合わせ!?」
「どうせ食べるなら善逸くんも好きな食べ物がいいでしょ?」

うん、やっぱりこの子は天然というか、ちょっと人の感性とはズレてる。普通だったら、その好きな相手の好物とか、THE・家庭料理の定番の肉じゃがとかさ。
さっきの服のコーディネートといい、やたらと期待だけさせられてる気がするんだけどこれ何かの罰ゲームとかじゃないよね?

「おーい善逸くーん」
「へ?」
「信号、青になったよ」
「あっ!ごめんごめん、」
「…疲れちゃったでしょ、付き合わせちゃってごめんね」

さっきまで楽しそうにはしゃいでいたなまえちゃんの表情が翳る。
何やってんの俺。ダメでしょこんな顔させてちゃ。何のためのキューピッドだ。

「いや全然だよ!俺も便乗して楽しんじゃってるくらいだし」
「そっか、よかった」

「……なまえちゃんの好きな人ってさ、どんな人なの?」

せめぎ合って拮抗していた気持ちが少し傾いてしまった瞬間だった。
そんなの聞いたってどうにもならないし、むしろ自分が劣っているのが余計に露呈するだけだっていうのに。
せめて、俺なんかよりもずっときみにお似合いだって納得させてよ。
そうでもなきゃ俺は、きみの幸せを心から願えない小さい男なんだ。


「っへ!?え、えーと、」

なまえちゃんは顔を赤くして言い辛そうに口籠る。
言葉を選んでいるような、俺に気を遣うようなこの感じはもしかして。

「え、俺の身近な人?」
「身近といえば、そう、かな」

まじかよやっぱりそうか。ぱっと思いつくのはいつもつるんでるあいつらだ。
こんな近くに恋敵がいるなんてと頭を抱えながらも、相手があいつらで良かったと安心している自分もいた。
少なくとも信頼のおけるやつらだ。もし告白が実を結んだその時には、きっと彼女の事を幸せにしてくれる。


「ちょっと騒がしいところもあるんだけど、」

「でもわたしが困ってる時には嫌な顔ひとつせずに力になってくれて」


やたら騒がしくて声デカいのは伊之助だ。
でも人助けしてるイメージがあるのは炭治郎だし。
彼女の話を聞きながら答えを出しあぐねる。


「おしゃれで、男の人なのにわたしなんかより洋服のセンスがよくて、」

「歌もうまくて、ギターでもピアノでもすっごく上手に弾けちゃうし、」

「でもかっこよかったり子供みたいに無邪気だったり、」

「いつも太陽みたいにきらきら輝いてる人」


彼女の口から次々と紡がれる、焦がれるような想い。

ねぇ、俺の自惚れじゃないよね?

信号が黄色に変わるのを見て、力の抜けてしまいそうな右足をブレーキペダルに乗せる。
助手席に目を遣ると、なまえちゃんが真っ直ぐこちらを見ていた。
視線がかち合うと自分の心臓の音が一際うるさくなって、流れている曲が遠ざかっていく。
なにか言わなきゃ、そう思って何か言葉にしようとするのに見つめ合ったまま動けない。
ハンドルを握る手のひらが汗ばんで、思わず息を呑む。


「善逸くんってさ、」
「、うん?」


「結構鈍感なんだね」


そう言って照れ臭そうにはにかんだ彼女から目が離せず、信号を待ち過ぎた俺はついに後続車から煽られた。

(ちょ、それはつまり…エェエエエーーッ!?)
(続きはうなぎ食べたあとでね)
(なまえちゃん、もしや最初から全部狙って…!)
(んー?なんのことー?)