乙女の正しい嗜み


「…は?」

そんな怒気のこもった声色を発したのは、紛れもなく自分の口だった。
疲れているからとか、もうあちこち打ち身や擦り傷だらけで満身創痍だからとかそういう問題ではなくて。


最終選別を何とか切り抜け、藤襲山の麓まで無事に戻って来ることができた。
その後日輪刀の鋼を選んだり鎹鴉がお供になったりと、色々な説明や手続きを受ける中、採寸を終えて支給された隊服を手にしたところで出たのが冒頭の発言だ。


どう考えたって、布の面積が少なすぎる。
上は明らかに小さくて前が止められそうにないし、下はスカートの丈が膝より何寸も上に留まっている。
これが公式に認められた形だというなら、失礼ながら鬼殺隊はとんでもない破廉恥集団だ。
さっきまで死にそうな顔をしてぼやいていた善逸が、隊服を広げて固まっている私に気付いた途端に息を吹き返す。

「んなッ、なにコレ!女性用の隊服ってこんな、こんな…!!!」
「いや普通に考えておかしいでしょ」

隊服は鬼の攻撃に耐性のある特殊な素材で出来ていると、さっき説明を受けたばかりだ。
そんな身を守るための隊服がこんなに露出が多くては着用する意味が無い。
眉を寄せてため息を吐いていると、やけに静かになった善逸がわざとらしく表情を整えていた。

「なまえちゃん、絶対似合うよ」

やたらとキリッとした顔と口調で言うけれど、彼がこうなるのは確実に下心のある時だと知っている。
そんな善逸を完全に無視しつつ、辺りを見回して先ほど隊服を手渡された本部の人を探す。

隊服に頭巾、眼鏡を身につけたその男性はすぐに見つかった。隠と書かれたその背に声を掛ける。

「すみません、隊服の寸法なんですけど…」
「えぇ寸分狂わず合ってますよそれでドンピシャです」

その男性はこちらの問い掛けに食い気味で答えた。
こちらの異議を通させまいとするはっきりとした物言いに、逆に何かを隠しているような後ろめたさを感じる。
訝しむようにじっと見つめると、眼鏡の奥で光る瞳は涼しい色を保ちながらも、気配が揺れに揺れているのが分かった。

「…善逸、」
「へっ?な、なに?」
「この人、どんな音がする?」

善逸は低めに発された私の声にびくつきながら、恐る恐る耳を澄ますや否や、バツの悪そうな顔で言い淀んだ。
万が一善逸が少しでも妙な考えを起こしてこの男性の肩を持つような事があれば、その時はもう金輪際縁を切ってやる!そんな私の想いを音で察したらしく、善逸は素直に白状した。

「めちゃくちゃ嘘吐いてる音する…」
「おっしゃっている意味がよく分かりませんが?」

まだしらばっくれている様子だけど、これでこの人が何かを企んでいるのは確実となった。
こうして今まで何人の女性隊士が辱めを受けていた事だろうか。
こんなくだらない嘘の所為で自分の身が危険に晒されるなんてたまったもんじゃない。
詭弁上等だ、受けて立ってやろう。


「隊服の形状に些か疑問があったのですが…どうやらこちらの思い過ごしだったようですね」
「あぁ無理もありませんよ、皆さん最初は戸惑われますから」
「隊服は本部の定める規律の象徴だから決して蔑ろにせぬように、と育手の師範に言われていたので」
「おやそうですか、ご立派な恩師でいらっしゃいますねぇ」
「えぇ、元鳴柱で悪事を許さぬ真っ当な心を持つ方です」
「元、柱…」
「はい、まぁその血を私も引いているんですけどね。あ、そういえば師範、お館様とは代替わりした今でも文を交わしているとか」
「え…、え?」
「まぁ本部の規律という事はお館様のご意向という事ですし、私の身を案じて師範がご注進に及んだとしても何の問題もありませんよね」


と、ここまで牽制したところで男性は膝から地面へ崩れ落ちた。
師範を出しに使うのは少し気が引けるけど、こうでもしなきゃこの人折れそうにないし。
兎にも角にも、これでようやくこちらの意見が通りそうだ。

「上は釦がきちんと止められるゆとりを持たせて、下はスカートではなく男性と同じようにズボンを所望します」
「ズ、ズボン…」
「何か異論が?」
「…いいえ、」
「では仕立て直して屋敷まで届けてくださいね、場所は後ほど鎹鴉に言伝します」

私の音が相当おそろしい事になっているらしく、善逸はしばらく憐れみの眼差しこそ向けていたものの、最後まで口を挟むことはなかった。
チクショオオオ、と後ろで嘆く声を聞きながら藤襲山を後にした。

(…何着ても可愛いんだってば)
(何か言った?)
(いいや何も!)