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承太郎が身内のヤボ用で出ると言ってどこかに行ってしまってからどのくらい経っただろうか。まだ一週間の気もするし、一ヶ月の気もする。承太郎がいなくなってからのこの研究室は、時間の経過も分からないぐらい、無機質で寂しい場所に変わった。
そのせいかは分からないけれど、私は教授の声も、学部生の声も、他の院生の声も聞こえないぐらい、研究に没頭した。そうせざるを得なかった。大学に入ってから、四六時中と言ってもいい程傍にいた承太郎がいなくなったことが、こんなにも私に寂しい思いをさせるとは思ってもみなかった。

「名字先輩、お疲れ様です。俺はもう帰るので、電気と戸締りお願いします」
「、!うん、了解。お疲れ様」

後輩の声掛けにハッとし、辺りを見渡せば私以外の人はもういなくなっていた。時計に目をやると夜の十時過ぎ。集中力が切れた私は、夕飯を食べていないことを思い出す。そして、それを見計らったかのようにお腹の虫が鳴った。この時間に食べるのも、と思いつつ、私は自分のロッカーの中から買い置きしてあるカップ麺を取り出し、ポットのお湯を注いだ。
この三分間が今の私にとっては地味に辛い。することがないと、承太郎の顔が思い浮かぶから。

「承太郎…」

その呟きは空しく消えた。
たまらなく、承太郎としたいことが、私の頭を駆け巡った。
お喋りしたい。笑顔を見たい。馬鹿だなって笑われたい。優しく頭を撫でられたい。ぎゅっと抱きしめたい。まだ誰も見たことがない顔も、聞いたことがない声も、私だけに全部晒け出してほしい。
自分の欲求を考えている内に、私ってこんなに承太郎のこと好きだったんだな、と少し恥ずかしくなった。

「承太郎…」

君に会えない空間も時間も越えて、会いに行けたらいいのに。
彼の名前は、誰かに返事をもらうでもなく、静かにこの研究室に消えていく、はずだった。

「どうした?」
「…ッ、?!」

声の聞こえた方に顔を向けると、そこにはずっと会いたいと願ってやまなかった承太郎が。*
私は次の瞬間、承太郎に抱き付いていた。

「おい、鬱陶しい…引っ付くんじゃねえ」
「…うん、ごめん。分かっているけど、少しだけ」
「やれやれだぜ」

そう呆れたような口調で言うけれど、承太郎は私を拒んだりはしないと、わかっていた。現に、私の頭は承太郎の手で優しく撫でられている。

「寂しかったのか」
「…柄にもないこと言って、少しは女の子のこと、分かるようになったのかしら?」
「女は未だによく分からねェが、ヒトデのことは分かるようになった」
「なにそれ」

私がクスクスと笑うと、承太郎はフン、と鼻を鳴らしながら笑い返した。さっきまでの寂しさも空腹もどこへやら。承太郎がいるだけで、どんよりとしていたこの研究室も華やかになった気がした。

「おかえり、承太郎」
「名前…」

承太郎は私の名前を呟くと、ぎゅっと私を抱き締めた。その時の表情は今まで見たことのない、慈愛に満ちた顔で、私の心臓はどきりと脈打つ。私だけが見る承太郎。私だけが聞く声。

「……会いたかった」
「うん、」
「……」
「…言うことはそれだけ?」
「、いちいち茶々をいれるんじゃあねえ、鬱陶しい」

そういうと承太郎は私を抱きしめたまま黙ってしまった。感じるのは首筋にかかる微かな息遣いと、耳元でうるさく響く心臓の音だけ。顔を上げると、照れくさそうな、またどこか安心したような表情を浮かべていた。

こんな承太郎を知ってるのは、世界でただ一人、私だけ。


まだ見ぬ君


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