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「まずは単語を覚えるところからだ」
「…そこが一番苦手なんですよ…」

そう言って買ってきたばかりの単語帳を開き、パラパラと捲ってみます。いくつかの英単語が目に入りはしますが、頭の中に入ってきてくれる子は一人もいません。
その様子を見た承太郎さんは、私の手から単語帳を引ったくり、単語帳の末尾に近いページを開いて私に手渡しました。

「理屈っぽい名前は語源から覚えた方が楽だろう。このページに接頭辞と接尾辞というのがある」
「…他者分析がお上手ですね、承太郎さんは」
「おら、小言言ってる場合か」
「はいはい、」
「まずはこれを覚えることだ。その他の単語は基本的に組み合わせだ。日本語の熟語に近いと思えばいい」
「なるほど… じゃあA piece of cakeとかは?これは日本語でいう熟語じゃあないんですか?」
「イディオム…慣用句だな。日本語で言うと“頭が固い”なんかが近いか。要は実際の単語の意味とは異なる意味のある言い回し、とでも言やァいいのか」
「あー、なるほど… ってさりげなく私のこと馬鹿にするのやめてもらえます?」

じとーっと批判的な目で見つめていると、承太郎さんはクックッと目を細めながら私の頭を撫でました。

「からかわれているのにも気付くようになってきたな」
「気付きますよ流石に」
「続きをやるか。名前、お前暗記カード持ってるだろ」
「華麗にスルー…」
「一言言わねえと気がすまねぇのかお前は。…暗記カードに接頭辞と接尾辞全部書いて覚えろ。それが終わったら次に進むぞ」
「…はい」

あまりしつこく言うと不機嫌になりそうだったので、私はへっぽこな矛を収め、承太郎さんの言うとおり、接頭辞と接尾辞の単語カードを作成しました。
次に構文の理解度をチェックされました。そちらは、承太郎さんが思っていたよりもできていたようで、承太郎さんは拍子抜けした、とでもいうような顔をしています。

「なんだ、英語が苦手ってえのは単に単語が覚えられねえだけなのか」
「そう、なんですかね?」
「これなら単語さえ覚えられれば長文問題も大丈夫だろう」

そう言うと承太郎さんはあの独特な形の箱から煙草を一本取り出し、ライターで火をつけました。
もくもくと上がる煙は、窓から入ってくる風をうけて少しだけゆらいでいます。雲を掴もうとして霧散する姿はまるで今の私の様だなあとぼんやり眺めていました。

結局、あの一夜でなにか変えることができたんだろうか。そもそもあの焦燥感は、何が原因だったのか。考えても何も答えは出ないと、解っているのに思考してしまう。また、いつものように迷路にさ迷いかけていた私を、承太郎さんの声が戻してくれました。

「おい、名前…」
「……あ……ごめんなさい、ぼーっとしてました…」
「早く覚えねえと、今日のノルマ終わらねえぜ?」
「ノルマ……?」
「接頭辞と接尾辞覚えて長文問題2問、そのあとリスニング」
「初日から中々いきますね……」
「呆ける暇があるなら余裕だろう」
「ぐ……」

その後、必死で頭に詰め込んだ接頭辞と接尾辞のお陰で、長文問題の採点結果は中々のものでした。
しかし、その後リスニングと題した承太郎さんの演説は一文も理解できず、次回からはリスニングに力を入れることになりました。


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