6 僕の初恋は小学生の頃だった。隣に住んでいた女の子。あまり活発な子ではなかったけれど、勉強が得意で優等生だった。手もかからないから先生からも好かれていて、クラスにも馴染んでいた。 "平凡な"女の子だったけれど、僕はそれがとても羨ましかった。 家が隣ということもあって、小学4年生ぐらいまでは割と仲良くしていたと思う。彼女は鍵っ子で、たまに鍵を忘れることがあり、その時は僕の家で遊んだりもした。あの頃家族以外で唯一気を許していた人物だったかもしれない。 そんな関係性が壊れてしまったのは…忘れもしない、小学5年生の丁度今日と同じ日だった。5年生に上がった彼女は中学受験のために学習塾に通い始めた。最初の頃は塾のテキストを抱えながら「分からないところがあって…」と度々問題を一緒に解いていた。問題を理解できた時の彼女はすごく嬉しそうな顔をしていて、僕はそのときに初めて恋心というものを自覚した。 彼女が学習塾に通い初めて数ヶ月が経った。その頃にはもう彼女が解けない問題を僕の元へ持ち込むことはなくなっていた。それだけならなんてことない変化だが、クラスでの様子もおかしくなり始めたことが少し気になっていた。 一見すると、いつもと変わらず友達と喋っているようだが、ふとした拍子に暗い瞳で友人を見つめる。そんな様子が散見されるようになった。勿論、一瞬のことなので周囲には誰も気付く者はいなかった。けれど、僕にはハッキリと認識できた。 それだけではない。その子は僕が話しかけた時、更にドロリとした目付きで見つめてきたのだ。 ハイライトのない瞳。 そして、僕は自覚した。 ああ、原因はわからないが嫌われたんだろう、と。 それから僕は彼女との接触を控えるようにした。なるべく彼女の視界に入らないように。中学に上がるタイミングで、僕の家族は引っ越しをし、それに合わせて違う学校に通うようになった。それによって、彼女とは疎遠になっていた、のだが。 「典明、昔お隣に住んでた名前ちゃん、覚えてる?」 「…ええ、覚えていますよ」 「名前ちゃんが塾の帰りに家に帰ってこないんですって。それで、典明に様子を見てきて欲しいって」 「………何故僕に?」 僕と彼女の関係と反比例して、僕の母と彼女の母親は仲が良く、引っ越しをしてからも交流があることは知っていた。僕には関係がないと思っていたのだが、まさか話を振られてしまうとは。 「親御さんが行くのが筋ではないですか?」 「それがねえ、塾終わりに迎えに行くと、一緒に帰宅するらしいのよ。家に帰ってこないのは丁度ご両親が残業で迎えに行けない時らしくて」 「連絡もなく家に帰らないのですか? 連絡があるならそこまで心配することもないのでは」 「いつも留守電にメッセージは残してるみたいだけど……もしかしたら悪い友達に捕まってるんじゃないかって心配しているみたいなのよ」 悪い友達に彼女が捕まっているかも…とは、狡い言い方だ。そう言われては断りづらい。それに、最近承太郎をゲームに誘ってもそっけなく、暇を持て余していたし。 「…分かりました。で、いつ様子を見に行けばいいんですか?」 「明後日、ご両親が迎えに行けないみたい。典明によろしくって言っていたわ」 「明後日ですね」 忘れずお願いね、と言うと母は僕の部屋から出ていった。僕は勉強を続ける気にもならず、テキストを閉じてベッドに身を投げ出した。 「…名前、か」 前に顔を合わせたのは小学校の卒業式だろうか。そんな状態なのに学習塾の前で張り込んでも彼女が分からない可能性が高い気がするが。…まあもうすでに依頼を受けてしまったし、見に行くだけ行ってみよう。 翌々日、学校が終わって帰宅し、夕食を食べた後で彼女が通う学習塾の近くまで向かう。彼女の最寄り駅前にある学習塾ではなく、僕の家の最寄り駅にある、難関大学合格率が高いことで有名な学習塾に通っているらしい。目的の学習塾の前に着く。そは立派なビル一棟がまるごと学習塾となっているようで、全部の部屋が蛍光灯の明るさで爛々としていた。 学習塾と道路を挟んで向かい側に小ぢんまりした喫茶店があったため、そこで珈琲を頼んで彼女が出てくるのを待ち伏せする。サーブされた珈琲を一口含むと、ナッツのような香りが鼻腔を抜けた。 珈琲が生ぬるくなった頃、授業が終わったらしく、学習塾の出入口から学生達が吐き出された。目を凝らして学生達を見ていると、一人、友人に挨拶をした後、単語帳を取り出し睨めながら歩く女の子が目についた。 …彼女が分からない可能性が高い、だなんて杞憂だった。 あの子が、名前だ。 僕は残りの珈琲を飲み干すと、代金をレジに置き、お釣りも受け取らずに喫茶店を出た。 名前はその場で周りを見渡したかと思うと、駅とは反対の方向に向かって歩いていく。と、少し歩いた先、路地から大柄の男がスッと現れた。当然、彼女は避けられずその男にぶつかっていく。トラブルになる、と思い身を乗り出した、が。その大柄の男には見覚えがあり、僕は一瞬で固まった。 「承太郎……?」 承太郎は彼女の手から単語帳を引ったくり、制服のポケットに突っ込んだ。その後手首を掴んで彼女を引っ張っていく。 一体どこへ連れていく気だ、と僕は二人の後をつけた。何度か通った道を辿る。どうやら彼らは承太郎の家に向かっているらしい。どういうことだ?二人はいつ知り合いに? と、思案しながら尾行しているうちに、承太郎の家についた。 出会った経緯はどうあれ、友達というのが承太郎のことならば特に問題はないだろう、と安心し踵を返そうとした、その時。 「………え?」 承太郎が、名前の腰と頭に手を回し、唇を奪った。 僕はその光景に釘付けになる。 そして、 僕と承太郎の 目が合った。 [ <<Jogio top ] |