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「ねえ、聞いた?」
「昨日、花京院くんと名字さんが一緒に帰ってたって。しかも手を繋いで!」
「嘘?!まさか、あの二人付き合ってるの?!」
「ショック…」

花京院くんと一緒に帰った次の日、登校したら昨日の噂が広まっていた。全く、勘違いも良いところだ。仲良くはなりたいと思うけど、花京院くんはいいお友達だし、それ以上の感情はない。そもそも、彼は転校してきてまだ数日だというのに、どうして恋愛感情を持つことが出来るというのだろうか。私は昨日彼と繋いだ右手を見た。手を繋ぐことが付き合っていることと同義となるのか。今後気を付けないと。

席に着くと、すぐさま女の子達に囲まれてしまった。どうやら喧嘩を売られるような雰囲気ではなさそうだ。

「あ、あの!名字さん!」
「どうしたの?」
「えっと、端的に聞くね。名字さんって、か、花京院くんと付き合ってるの…?」
「まさか」
「で、でも昨日手を繋いでるところを見たって人が」
「ああ、弟みたいでつい。庇護欲をかきたてられるっていうのかな。皆に勘違いさせちゃうみたいだから気を付けるわ」
「あ…そ、そうなんだ」

こうやって笑顔で巧く言いくるめれば、事はなきことになるだろう。話を掘り下げられて、一緒に帰ることになったきっかけを訊かれたら少し困るけれど。でも、きっとこれだけでも収まる。皆単純ね、私を裏のないシンプルな女だと勘違いしているみたい。そんな人間が居るわけがないのに。


「おはよう、名字さん」
「おはよう、花京院くん。昨日の宿題はやった?」
「え、ああ、勿論」
「そう、それならいいわ。今日の小テスト、そこから出るだろうから」

この会話も、花京院くんを弟扱いしているという様子を見せるためのもの。聞き耳を立てている先程の女の子達に聞かせるためだ。きっと花京院くんはこういうことに疎いだろうから私が全て対応する。


今日はお昼で帰ろう。これ以上の面倒事はごめんだ。









「はあ…」

お昼になり、女の子達に囲まれる前にさっさと学校を抜け出した私は、状況を整理することにした。
花京院くんは転校生で、女子に人気がある。顔は整っているし性格も穏やかで人当たりも優しい。女子に人気があるっていうのは納得だ。
じゃあ何故私が花京院くんと絡むようになったのだろうか。勿論、私から他人に絡むことはない。そうだ、向こうから話しかけて来たんだ。あの特別棟の屋上での一件より前に、話したことはなかったはず。
というより、何故彼はあんなところに?図書室に行こうとして迷ったのだろうか。いや、図書室は三階の踊り場すぐ横に入り口がある。迷うはずもない。もしかして、彼は初めから私に声をかけるためにわざとタイミングを計っていた?


ボンヤリ考えながら歩いていると、目の前から知っている顔が現れた。


「おい、前見て歩け。あぶねえぞ」
「…承太郎くん」
「…名前、今日は飯も食わずに帰るのか」
「ええ、ちょっと色々あって、ご飯が喉を通りそうにないから」
「そうか」
「じゃあまた、学校で」

そう言って帰ろうとすると、承太郎くんに引き留められた。

「待て。……ちょっと来い」










案内されたのはまさかの承太郎くんのおうちだった。日本家屋に承太郎くんが入っていくのが少しミスマッチで面白い。

「ただいま」
「あら、承太郎?!どうしたの、こんなに早く〜」
「お、お邪魔します」
「え?!女の子?!やだ!承太郎のガールフレンド?!」
「やかましい!…ただの友人だ。名前、こっちだ」

承太郎くんのお母さんはとてもフレンドリーで、承太郎くんとは正反対の性格だった。とても可愛らしい人だ。私は承太郎くんに付いていくと、承太郎くんの部屋に案内された。承太郎くんは窓を開けると待ってろ、と言い部屋を出ていってしまった。一人取り残され、暇を持て甘した私は、ぐるりと承太郎くんの部屋を見渡した。そこかしこに相撲に関連するものが置いてある。趣味なのかな。

「待たせたな」

そういうと承太郎くんがお盆を持って部屋に入ってきた。お盆にはお茶の入ったグラスと、沢山のさくらんぼが。鮮やかな赤に私は目を奪われた。

「わぁ、凄い!」
「これなら食欲がなくても食えるだろ」

そういうと承太郎くんはさくらんぼを一つ取り口に入れ、上手に種とヘタを繋いだ状態のまま、実だけ食べた。私もさくらんぼを一つ口に頬張ると、甘酸っぱい果汁がじゅわりと広がった。美味しいなぁと自然と頬が落ちた。

「やっと難しい顔じゃあなくなったな」
「え?」
「名前、さっき俺が声をかけたとき、怖い顔をしてたぞ」
「そうだった?…気を付けなきゃ」
「昨日俺が帰った後、何かあったのか?」

そう言う承太郎くんはどことなく楽しそうな、心配しているような、複雑な表情をした。昨日の帰りのこと、言った方がいいのかな。

「なにかあったというわけではないんだけど…こういう話は承太郎くんにとっては『やかましい』、『やれやれ』って言われちゃうかも」
「…聞くだけ、聞いてやる」
「…ええ、わかった。ありがとう」

私は承太郎くんに昨日花京院くんと手を繋いで帰ったこと、今朝それをクラスの子達に見られていてどういう関係なのか聞かれたことを伝えた。

「花京院くんが、なんだかぽやっとしてるからつい手を繋いじゃっただけなのに」
「…アイツもモテるみてえだからな」
「迂闊だったわ。少し距離をおいた方がいいかしら」
「花京院も可哀想にな」

くくっ、と楽しそうに笑う承太郎くん。いい性格してるわ。でも、私にはこうやって声をかけてくれて、話を聞いてくれて、気を使ってくれてる。

「承太郎くんは優しいのね」
「…そうでもねえよ」
「ところで、なんで私にさくらんぼを食べさせたかったの?」
「……」
「この間のお弁当のお礼?」
「……うるせえ」
「ふふ、やっぱり優しい」

承太郎くんの気持ちと、窓から入ってくる爽やかな風が心地よかった。この時は花京院くんがどうして私に声をかけたのか、なんて推察のことはすっぽり抜けていた。


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