11. 通夜

一九九九年九月二十六日 岩手某所 ――



今日は俺の葬式だ。
手配は全て金光に頼んである。

生きている間に棺に入るなんざ、若い時分の俺には到底考えられなかったろうな、と棺の中に入りながら笑みを漏らした。どこでくたばろうが構いやしないと思っていたが、何の因果かここまで無事に生きてきた。自分の生を全うすることができた。それももう終いだ。

俺はそのまま永遠の眠りについたような顔で棺の中に鎮座した。目を瞑っているため、得られるものは聴覚からの情報のみである。



どうも参列者が多いようで、中々葬式は始まらなかった。ざわめく音の中、方々から啜り泣く音が耳に響く。

そんな中御経が始まって暫くの後、焼香が始まった。参列者が一人ずつ前に出てきて拝む。啜り泣く者、俺に声をかける者、声を聴く度にその人との記憶が駆け巡る。
中々いい葬式だ、と内心嬉しんでいた。


と、その時一人の女の声が響く。

「アカギさん」


その瞬間、数十年も前の記憶がありありと蘇る。


「フフ……三十年以上も前に一月程度しか傍にいなかった女のことなんて忘れているかもしれないですけど。
……私は貴方を慕っていました。……あの時も、今も。
……貴方が最期まで自分の生き方を貫くことができたなら良かった」


「……母さん」
「……ごめんね……いつか父親に会わせる、なんて言っておいて会えたのが亡骸だなんて」
「いや……一目見れただけでもいいんだ」


そう言うと懐かしい声の持ち主と、どこか知っているような声の持ち主は俺の棺の傍から離れていった。




そして何事もなかったかのように焼香は続き、そのままつつがなく葬式は終わった。



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そして最後、マーシトロンを繋がれた状態で東西戦の面々との面会が始まった。
金光を始め皆あれやこれや……言葉を尽くして俺を引き留めに来てくれた。しかし、俺の生きたいという気持ちは一パーセントも増えることはなかった。


最後に天が部屋に入ってくる。
最初はただ病と共に生きて死すことが俺の人生であると説かれたが、それは違う。俺は持論をもって否定する。俺は自分であること、自分の意識があることが重要なのだ、と。

そして最後の酒を用意する。二人分、天と共に盃を交わすために。

グラスに手をかけ口に運ぶと中の氷がカランと音をたてた。酒が空になったグラスを机に置きサヨナラを告げると、天が焦ったように矢継ぎ早に喋る。


「ダメっ…!どうあっても……ダメだっ…!終わらせられない……!だって……赤木さん……!あんたには…やり残したことがあるでしょうが…!」

「あ…?」

「他の…多くの…大抵の人間がこの世で得て…味わって死んでゆくのに…赤木さん程の人が…あぜか無縁…やってない事がある…!」

「家族を…!」


その言葉を聞いた俺の脳裏には先程も蘇った記憶が過る……。


「ククク……なんの因果かな……」
「え…」
「葬式の時に……ひろと同じぐらい年齢の男を連れた女がいただろ……」

天は涙を零した顔を上げ、呆けた顔をした。
俺の言葉に面を食らっているらしい。

「……俺が若い時分に唯一、いや……生涯で唯一懸想した女さ……。最終的に『大切な人ができた』と俺から離れていったんだが……アイツ……俺の子供を身籠っていやがった……!」
「……!!」
「あの頃は気付けなかった……。死に際になって分かるなんてな」

ククク、と笑みを零しながら煙草に火を付ける。

「じゃあっ…!これからはその人と一緒に生きればいいじゃないですか……!!」

そう言って勢い余った天は立ち上がる。
そんな天とは対照的に、俺は煙草を一吸いすると紫煙を吐き、ゆっくりと語り始める。

「そうはいかねえさ……。これから俺はアルツハイマーのせいで俺じゃなくなるんだ……。惚れた女にガキの世話を押し付けて、それが終わったところに今度は知らねえジジイの世話を押し付けるなんざ……ちと酷じゃねえか……?」
「くっ……」
「俺は一人で生活を保てなくなったら死にたいんだ………どうあれ……!」

俺の言い分に口を噤む天。

その後も天の熱い説得に心を打たれはしたが、決心が揺らぐことはなかった。




そして俺はマーシトロンの装置を起動する。





共に戦った友に囲まれ、俺は意識を風に任せた。




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