1-2. First Trip(Notice)
風呂から上がると服が用意されていた。
幸い下着が濡れることはなかったので下着はそのままで、その上に用意された服を着る。いつもとは異なる洗剤と花のような香りが鼻腔を刺激する。

脱衣場から居間に戻ると服を着替えた彼女はソファに座ってお茶を飲んでいた。

「風呂、温かかった」
「よかった!服置いてあったの分かった?」
「うん」

彼女はにこりと笑い俺をソファに座るように誘導した。机の前には淹れたての茶が用意されていて、俺はそれを口にする。

「……色々とありがとう」
「ううん、私が勝手にやったことだから」
「名字さん、優しいんだね」
「そうかな……っていうかさっきも思ったけど何で私の苗字知ってるの……?」

首を傾げながら不思議そうな顔で聞いてくる彼女が可愛くて少し笑ってしまいそうだった。

「表札、見えたから」
「そういうことか!よく見てるねえ」
「……俺は赤木。赤木しげる」
「しげるくんね。私は名字名前。よろしくね」
「名前さん……いい名前だね」
「そうかな?ありがとう」

ふにゃりと笑う彼女は幼く見えた。
先程のテキパキと動いていた時とは印象が違う。大学生くらいだろうか?


彼女の顔を見つめながら茶を啜っていると、彼女から質問が繰り出された。

「ねえ、しげるくんはどうしてあんなところで突っ立ってたの?」
「さあね……俺にも分からない。歩いていたら急に目眩がして、それが治まったと思ったらあそこに立っていた」
「ええ〜、なにそれ。なんかオカルトチックだなあ……」



彼女はそう呟くと茶を啜り出した。そんな彼女を横目で見ていると、その奥、台所の壁らしきところにカレンダーが貼ってあるのが見えた。そこには『令和七年』という文字が書いてあった。見知らぬ年号だ。

「……令和……?」
「ん?しげるくん、どうしたの?」
「今年って……西暦何年?」
「えっと……二〇二五年かな。それがどうかした?」



……どうやら面白いことに巻き込まれたようだ。



「……俺は一九四五年生まれ。年齢は十三」
「へ……?」
「クク……さながら俺は浦島太郎ってわけか」
「……フィクションの話ではなく??」
「このタイミングで作り話なんてするかよ」


そう考えるとこの家にあるものが見たことないものだらけなのも納得がいく。喋る機械も、先程の風呂に置いてあるものがやたら多いのも。ここが未来だからか。




「ねえ、名前さん。当分ここに置いてよ」
「え?」
「過去から来た俺には行くあてもないし、金もない。頼れる人は今はアンタしかいない……」

彼女は戸惑いつつも俺の困ったような顔を演技と見抜けず、いいよ、と言った。本当にお人好しだ。

「ありがとう、名前さん。
……金、必要だったら稼いでくるよ……。種銭ぐらいは欲しいけど」
「種銭って……ギャンブル?」
「それ以外にある?」
「ギャンブルは無理だよしげるくん。基本的に違法だし……十三歳じゃ余計に立ち入れるところはないと思うよ」
「ふーん……ま、そりゃそうか」


もしかしなくても時代が違うのかもしれない。


いや寧ろ、あの時代でも俺の運がよかっただけとも言える。チキンランに挑んで無傷で生き延び、警察から逃れるために入った雀荘で中学生にもかかわらず博打を打たせてもらい、盲目の代打・市川と命を賭けた勝負ができたのは俺の運によるもの。



それならば、未来に飛ばされたこの数奇な運命もまた流されてみるべきなんだろう。




「名前さんには元の時代に戻るまで色々と世話になるかも」
「……いいよ、袖振り合うも多生の縁、なんて言うし、私から関わったからにはしげるくんのこと最後まで面倒みるよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かる……」


そう言うと彼女は俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。そしてどういたしまして、と言いながら飲み終えた自分の湯飲みを持って台所に向かった。





丁度昼時、正午の鐘が響く。

そして俺の腹が鳴る。


彼女はその音を聞いて俺のほうを見て、ふ、と目を細めた。

「色々あってお腹空いたよね。今からお昼ごはん作るから待ってて。……材料があんまりないから大したものはできないけど……」


それから彼女は壁と思われた台所の奥から食材を取り出した。どうやら壁のように見えていたものは箪笥のような収納になっているらしい。
興味があり近寄ってみると、扉からひやり冷気を感じた。

「……これ、何?」
「?!びっくりした……!しげるくん、音もなく背後に立たないで……」
「ごめんごめん……で、これ何?」
「これは冷蔵庫……食材を冷やして保存しておけるの。知らない?」
「飲食店にあるのは見たことがある……それもこんなに大きくはないけど。家にあるのは初めて見た」

扉を開くと電気が付き中のものが見えるように工夫されている。感心しながら中を見ていると、名前さんから冷気が逃げちゃうから扉は締めてね、と怒られた。


「ソファで座って待ってて!すぐできるから」
「……わかった」

大人しく名前さんの言葉に従いソファに座る。
そしてすることもないので彼女が料理している姿を眺める。彼女は手際よく野菜を切り、フライパンに入れた。野菜を炒める軽快な音が部屋に響く。

と、ふと彼女自身に目を向けてみると、彼女は先程とは違うTシャツと短パンを身に着けている。あの格好は部屋着なんだろう。短パンから出た白い太腿がやけに目につき、先程の風呂場で見た透けた下着が頭にちらついた。

この光景、思春期にさしかかった俺には十分刺激的だった。十三のガキとは言えど、俺も男。否が応でも反応してしまう。

「……」

が、そのうちいい香りが部屋に充満してきて、俺の性欲は食欲に掻き消されていった。






十数分後、彼女は皿を二つ手に持ちソファの前の机に置いた。そして急いで台所に戻りフォーク二本とコップを二つ、飲み物の入った容器を抱えて戻ってきた。

「おまたせしました!食べよ食べよ!」
「……スパゲッティか」
「あれ、しげるくん、スパゲッティ嫌いだった?ご飯のほうがよかったかな?」
「いや、食うよ。用意してくれてありがとう」
「よかった!いただきます」


そういうと二人でスパゲッティを食べる。ナポリタンとは違う、塩気とにんにくの聞いたそのスパゲッティは美味しかった。腹が減っていた俺は次々に口に運ぶ。

「美味しい?」
「……」

返事のかわりに頷くと、彼女は満足そうに笑いながら自分の麺をくるくるとフォークに巻きつけ口に運んだ。


俺がスパゲッティを平らげると、彼女はコップに麦茶を注いでくれた。俺はそれを飲み下し、一息ついた。



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