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垂直に線を引く滴が窓を打つ音は然程なく、俄雨かとガラスの向こうに目をやれば、静けさを伴う激しい雨が降り注いでいた。
「なまえ、仕事に付き合ってくれる?」
「‥外、いいの?」
「今まで通りで良いんだよ」
家だけじゃつまらないでしょうと、悟は時々私を外に連れ出そうとした。つまらないと思った事は無い。わざわざ自分の休みを私の外出に充てる必要もないのになとも思うけど、外に出ること自体は好きだ。自分の肌で季節を感じることができるから。春は風に乗った花の香りと鳥の囀りが、夏は雨の匂いと暑い日差しが、秋になれば金木犀の香りがして、冬には肌を刺すような寒さと吐いた息の白さが感じられる。生きているんだと、実感する瞬間でもある。
ここへ来て丸七年。折角だからあの服を。そう思って七年前のあの日の服に袖を通してみると、あまりに残念な仕上がりに目を疑った。然程変わらないと思っていた七年の月日は恐ろしい。再びクローゼットにしまい、先日悟に支給された服に大人しく袖を通す。気に入ったかと毎回聞いてくれる彼に、私は毎度首を縦に振る。どれが好きかと聞かれるとあまりよくわからないけれど、彼がどう言う服が好きなのかは分かってきた。
「お、良いじゃん。‥少し痩せた?」
「分かんない」
「今日は美味しいものいっぱい食べよう」
悟の作ってくれるご飯はいつも美味しいから、今日"は"じゃなく今日"も"、だ。この日に雨が降るのはあの日以来初めてのことだった。雨の日に出かけることも初めてで、玄関を出る時に初めてこの家には傘が一つしかない事を知った。その大きなビニール傘を一つ持って、数ヶ月ぶりの外の空気を吸う。今日は風が弱いからか、自室の窓から入る風よりもずっと穏やかで優しく感じられた。
「肩、濡れるよ」
一緒に出掛ける時、悟はいつも歩いていく。いつも少し先を歩いて行く悟の斜め後ろから追いかけるように歩いていたから、こうして隣を歩くのは初めてだ。あの日の悟はぐっしょり濡れた私にそんな優しい言葉はかけなかった。雨を遮る傘を私の上に被せる事は無かった。透き通った傘を通して見える灰色の空を見上げると、視界の端に悟が映る。上を向いて歩いたら危ないと言われ、顔を戻した。横を歩くと悟の姿はあまり見えない事を初めて知った。
「そうだ、スピーカーも少し見ていこう」
「良いの?」
「はは、そんな嬉しそうに」
悟に言われ、ショーウィンドウに映る自分の顔を覗いてみる。私の嬉しい顔ってどんなだろう。自分ではよくわからないけど、私よりも悟の方が嬉しそうな顔をしているなと思った。知らない間にいろんなタイプのスピーカーが出ていて、家のスピーカーの最新モデルも置かれていた。店員さんは音質が格段に上がっていると言い、試しに音を流してくれた。喧騒の中でも感じられる澄んだ音の響きと、掲示されている金額に吃驚しすぎて少しよろけた。あぶね、と自分の買い物を済ませた悟が私の後ろに立って胸元辺りで支えてくれる。
「‥うちにあるスピーカーっていくらしたの?」
「ええ、そんなの忘れたよ。これにする?」
言いながら店員さんにこれ二つ、と早速会計に行こうとする悟に要らないとしがみつく。生活費は親の遺してくれたお金で十分足りると聞いているけれど、今まで悟が個人的に買ってくれたものや家にあるものは一体いくらの値札が付いていたんだろう。家に居ればお金もかからないなんて事は絶対になくて、好きに過ごしていいよと言われるままに一日中流しっぱなしの音楽だって、もしかしたら悟は好きじゃない曲の方が多いかもしれない。悟は仕事だから気にしなくていいと言うけれど、この仕事がなければもっと自由だったろうになあと、心に立つ波が小さく音を立てた。
「あ、」
一時穏やかになった雨は勢いを吹き返して、地面を打ち付けては弾け飛ぶ。
気配を辿り少し先の長い横断歩道の向こうに視線をやれば、隣にいる男の子と女の子に話しかけている悠仁の姿を見つけた。あれから夜蛾さん以外に会っていない。接触出来ない事は、なんとなく知っていた。横断歩道から引き剥がすように悟の腕を引っ張れば、彼は大丈夫だよと私の手を引き留めた。
「偶然さ。不可抗力だ」
悪戯っ子のようにわざとらしく白い歯を覗かせて笑みを浮かべた悟は、信号が青に変わったのを見て一歩を踏み出そうとしたけれど、すぐにその持ち上げた足を元に戻す。私を覆ってくれていた透明の優しさが、外れないようにするために。
「こうしてても、悠仁がこっちに来るだけだよ」
青信号を渡り、近づくにつれはっきりとした輪郭に変わっていく悠仁がこちらに気付いてぶんぶんと手を大きく振っているのが見える。会いたいと思う気持ちに、素直でいて良いのだろうか。もう一度悟の顔を窺って、私は小さくひらりと手を振った。ただ、そばにいて