111515


悠仁に礼を告げたなまえは、見たことのない程の笑顔を浮かべていた。太陽に向かって咲く向日葵のように、まるで悠仁の笑顔を映したようなその表情に、その場にいた全員が一瞬の時を奪われただろう。

「ありがとう、悟」

これまで否定してきたものを全て掬い上げるようなその笑顔は、二人きりになってもう一度こちらへ向けられた。いつも彼女が返すような短い返事しか返すことが出来なくて、それでも彼女は満足そうに足を踏み出した。
三人と別れた後のなまえはもらった傘を両手で握りしめ、ショーウィンドウや停車している車に自分の姿を映しては何度も嬉しそうな笑みを零している。バードケージ型とか言う鳥籠のようなその傘は、悠仁の言う通り彼女によく似合っていた。籠の中から外を眺めるその瞳に映る世界はどんな風に映るのか。その籠の中から僕の名を呼ぶ声が、優しく耳に触れる。

「傘も、入れてくれてありがと」

一緒の傘に入ることに野薔薇が物申してきた姿を見ても、一つの傘に入る事に何の抵抗もない姿は自身の抱く感情とは違うみたいだとよくわかる。何の抵抗もなく五百円で買えるこの傘に収まり、何の抵抗もなくするりと抜け出し雨に打たれ、そして少しの緊張を携えて、あの傘に入っていく。それを寂しく感じたのは自分が彼女の飼い主だと自惚れているからか、それとももう一つの理由からなのか、或いはその何方もなのか。

「今度雨が降ったら、家の中で開いてもいい?」
「はは、良いよ」

今後外にはそう出られないと感じているからだと思うけど、彼女は家が好きなだけだからと言葉を返すだけ。くるりと傘を回したなまえの足が、薄い水溜まりを飛び越え僕の元へ着地する。

「悟はプレゼントに何が欲しい?」

今までそんな話をした事なかったねと笑いながら、なまえが言う。僕のお金で買うのかと意地悪く尋ねてみれば、少しだけどお小遣いは残っているからと首を振る。本当に欲しいものはお金じゃ買えないよ。

「欲しいものは大体持ってるから」
「そっか」

それに、本当に欲しいものを伝えればきっと簡単に差し出してくれるだろうけど、それは今じゃないから。
興味はないのかと思える程あっさりと話を切ると、視界に入った鳥居を見つめてあそこに行きたい、と彼女が指をさす。彼女でも神頼みをしたいことがあるのか。それとも元来通り決意表明に行くのか。いずれにしろ彼女が行きたい場所を自ら提示する事は殆どなかったから、二つ返事で了承をした。そこで彼女はまっすぐお守りを買いに行き、種類違いの四つを一つずつ購入した。そしてそれを大事そうに鞄にしまうと、お詣りしようと五円玉を二枚取り出し、一枚をこちらに差し出した。

「僕はいいよ」
「折角だから」

服の袖の裾を掴まれ、賽銭箱の前まで連れて行かれる。小銭をそうっと箱に投げるなまえは、箱の上の仕切りにぶつけずに賽銭を入れたいんだと言った。ちなみにこれまでに成功した試しはないそうだ。そんなこと考えて投げたことないよ。ひょい、と彼女のご希望通り小銭同士のぶつかる音のみを響かせれば、自分が入れたみたいに満足そうな表情で鈴を鳴らす。二礼二拍手、そっと目を閉じたなまえ。五秒ほどで目を開け、一礼の後すぐに僕の顔を見上げる。

「お仕事途中に寄り道してごめんね」
「全然。任務の時は、もっと寄り道してる」
「そっか」

悟は寄り道好きなんだ。

その言葉に、今日だけで何度抑えたかわからない心の内の全てを打ち明けてしまおうかと心が騒がしくなる。寄り道も好きだけど、そうじゃない。ビニール一枚向こうの彼女に、これ以上オブラートに包んで伝える必要があるだろうか。

「好きだ」

傘の角度を上げて真っ直ぐな瞳を晒したなまえは、言葉のままを受け取って初めて知ったと優しく微笑んだ。そして同時に、己の願望を映したような彼女の瞳の奥を見てしまった。間違いようがないほど純粋なそれを、見てしまった。

「そろそろ、帰ろうか」

再び傘の内側から降り注ぐ雨を見上げてそうだねと声を出す。後腐れなく視線を剥がした彼女は、帰るまでずっと鼻歌を歌っていた。

吐き出した甘い蜜


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