421818


最初は、明日を待っても良いんだろうかと言う単純な疑問だった。今までも明日という言葉に時々違和感を覚えることはあったけれど、明確な疑問として引っかかったのは初めてで。それに向き合っていたらそこから三つ四つと湧いてきて、あの日の引っ掛かりも浮いてきて、他の疑問も一緒に連れてきて。そんな風に増え過ぎた疑問に、頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。それでも月を見ている間は少し気持ちが落ち着いて、また一つ一つに向き合えた。
夜通し月を見上げていたその日、日付が変わってもまだ明日にはなっていなかった。どこまでが今日なのかと考えていたら夜が明けて、太陽が顔を出したその瞬間、今日が今日に変わった。そしてさっきまでの今日は昨日になっていて、明日はまた少し向こう側に離れていた。

「悟は三日間任務だ」
「ん」

喧嘩をしたわけでも無いのに、連日来てくれている夜蛾さんの言葉に少しほっとした。外の仕事がない限り、悟は簡単にここを離れることが出来ない。それも彼の仕事だから。

「お前も、ちゃんと飯を食うことが任務だな」
「うん」

よし、と笑って自身の身体より小さいエプロンの紐をギリギリで結ぶと、早速作り方を教えてくれる。数日前、私の作った味のしない野菜炒めに言葉を失くした夜蛾さんが、悟のいない三日間で簡単な料理の作り方を教えてくれていた。毎日鍋焼きうどんをリクエストしていたからか、四日目の今日はさすがに飽きるとお蕎麦だった。今まで隣で見ていたからと上手くなった気になっているだけで、実際には未だに包丁はあまりうまく使えない。火の調節も上手くはない。トントン、とリズム良く葱を薄く切れるようになるのも、ちょっと憧れる。

「あいつが帰ってきたら、飯でも作ってやれ」

明日の夕飯に鍋焼きうどんを作ってみろと、食後のブラックコーヒーを口に運んだ夜蛾さんが言う。

「そうだね」

あの日、寄り道が好きだと言った時の悟は、いつもと違っていた。
それ以上はうまく言えないけれど、何かが違っていた。その言葉を聞いた瞬間は、どうしてかすごく嬉しかった。それと同時に、悟を縛り付けるのはもうやめようと思った。烏滸がましいけれど、生かしてもらっている命を捨てる事はしたくない。それならせめて、手を煩わせなくて良いようにしなくてはと考えた。

「二人分作って、一緒に食ってやれ」
「‥ん」

もし夜蛾さんの力を借りて呪骸に私自身の呪力を使えるのなら、その後誰かに負担をかけなくて済む。悟がここに縛られる必要もなくなる。そんな日がいつ来てもいいように、お昼を自分で作り始めた。美味しくはなかったけど、食べられないものではなかった。あまりの手際の悪さに食べるのは大抵夕方で、そんな時間に食べるとお腹は空かなかった。夜蛾さんから悟が心配していると聞かされるまで、私に合わせて夕食を決めなくてよくなる分、悟にとっても嬉しいことだと本気で思っていた。

「悟程とまでは言わないが、思った事は口に出して言ったほうが相手にとって良い時もある。それを覚えておくと良い」

飲み干したコーヒーカップを洗いに立ち上がり、年長者の小言程度に聞いておけと私の頭をくしゃりと撫でていく。コップを洗って戻ってくると、ここは月がよく見えるなと窓辺で空を見上げて、窓の近くは少し冷えるなとも声を零して、一歩足を引く。夜蛾さんは、呪骸と住むのは反対だと言った。悟とちゃんと話してからそれでも欲しければ言ってこいと言ってくれた。相談も上手に出来ない私のことも、ちゃんと見ていてくれる。私以上に、私のことを知っているんじゃないかと思う時さえある。

「夜蛾さん、いつもありがと」
「何だ急に」
「今、口に出して言えって」
「‥そうか」

私もいつもの場所に腰を下ろして、ゆっくりと姿を現した琥珀色の十六夜を、一緒に見上げた。

一秒だけ長生きする方法


PREV BACK NEXT