021920
悟が任務を終えて戻ってくる日、私は落ち着かない時間を過ごしていた。朝から鍋焼きうどんを作り、味を見て、悟が戻ってきたら煮込むだけでいい状態にしておかなくてはと昼過ぎから材料を切り始める。教えてもらった通りに調味料の分量を器に入れて、具材も一人分ずつお皿に入れて。時計の針を見ながら、ああもうこんな時間、本当に今日戻ってくるだろうか、任務は入らないだろうか。そんな風に忙しない時間を過ごしていた。最近はずっと砂嵐のような雑音が頭の中に響いていて、音楽を聴くどころではなかった。それに、ご飯を作ると言う行為をしていると音も全く耳に入ってこなくて、今になればそれだけ余裕がなかったんだという事がよく分かる。
「ただいま」
任務から帰った悟は土産袋を私の手に持たせると、疲労を吐き出すように疲れたと言葉を落として充電の切れた身体をソファに投げ出した。目元を自分の腕で隠すように覆い、今日の夕飯は食べられそうかと聞いてきた。そんなに疲れている時にご飯の心配なんかしなくていいのに。悟はと声をかければ、パフェとか生クリームたっぷりのパンケーキとかそういう脳にブドウ糖が回りそうなものが食べたいというから、とりあえずキッチンにあったバナナを小さく千切って口に放り込む。
「‥バナナで何とかなると思った?」
「ご飯、今作るから待ってて」
「え、なまえが?」
疲れていたはずの身体をソファから勢いよく起こして、向けられた視線が驚いているよと訴えている。
「ん」
夜蛾さんに教わった手順で具材を入れて、調味料を入れて、良い香りがするまでじっと待つ。
「はは、本当に二人分だ」
「本当にって?」
「学長の報告書読んできたから」
「もういいから休んでて」
「気が気じゃない」
待っている間に洗い物をしておけば時間が無駄にならないと腕まくりをし始めた悟の袖を降ろして、まだ動こうとする彼の手を抑える。私はずっと、コンロの前だ。
「そっちやってると、吹きこぼれちゃうの」
「ああ、そう」
大人しく隣に立たせて、ぐつぐつ言い出した土鍋とにらめっこをしながら上がってきた汁が零れる前に火を止める。それから卵を落として、もう一度蓋をする。再度火を点けてしっかり教わった秒数を数えたら、出来上がりだ。好きな方選んでいいよと言えば、悟は奥にある方を選んだ。
「卵、どっちか当たりだよ」
「当たりって何?」
「開けたら分かる」
洗い物をするから先に食べてと言ったものの、後でいいから一緒に食べようと手を引く強引なエスコートを素直に受け入れて、洗い物の山から視線を目の前の土鍋に移す。蓋を開けるのを待って悟の鍋の中の様子を覗くと、綺麗に真ん中に落ちている卵。
「当たりだね」
「なまえの方は?」
隅の方に佇む卵を見せれば、声も出さずに顔を伏して笑っている悟。それから、交換してやるよと言ってくれた。流石夜蛾さんの元生徒だ。同じ事をしてくれる。悟に作ったからと首を横に振れば、それじゃあ遠慮なくと丁寧に掌を合わせて、いただきますと小さく頭を下げる。久しぶりに一緒に食べるご飯に、私も小さく頭を下げていただきますの声を重ねた。
夜蛾さんに作った時もそうだったけれど、いつも悟がご飯の時に私が食べるまでじっと待っていた理由がよくわかる。火傷しないかな、口に合うかな。一言が出てくるまで、或いは次の箸が進むまで、息を呑んで見守っている。
「‥うま、」
良かった。安心して私もうどんを口に運ぶ。悟は太い輪切りの葱を箸で一つ摘んで、太いなあと笑った。
「‥学長ともいつもこんな風に作ってたの?」
「いつも卵は私が割る」
「へえ、知らなかった」
「夜蛾さんのはもっと美味しいよ」
「いや、こっちが良い」
そう言って、早々に食べ終わった悟。美味しかったともう一度言ってくれ、その後は私が食べ終わるまでずっとこちらを眺めていた。何、と聞いても何でもないよと笑うだけ。毎日うどんを食べているのか、他にはどんなことをして過ごしたのか、そんなようなことを聞かれて、一つ一つ答えていく。答えながら、大事なことを伝え忘れていたことを思いだした。
「心配かけて、ごめんね」
何に対しての謝罪なのか悟も分かってくれているようで、自覚したなら良いよと一つ息を吐く。理由が分からないと対処できないから、それはそれでしんどいのだと言う。誰かが悩んでいる姿は確かに心配になるけれど、私に何かできる事は無いかと探す事は無かったから、その言葉の意味が私には少し難しい。
「理由くらいは、教えてくれる?」
「上手に、説明できない」
「普段もそんなに説明上手くないでしょ」
今更気にしないよと笑いを堪えながら、食べ終わるのをゆっくりと待ってくれる。疲れているのに、欠伸一つせず、嫌な顔一つせず。食べ終わった食器を私の分まで片付けてくれるから、結局いつものように彼の背中を追いかけてキッチンに向かうことになる。再び袖を捲り上げる彼を押し退け、少し前のやり取りをまた繰り返すように休んでてと声をかけると、悟は左にずれて隣で牛乳を温め始めた。洗い物が終わる頃にはホットミルクが二つ出来ていて、蜂蜜は半分入れてあると手渡してくれた。T.A.P.S.