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彼女、名字なまえの位置付けは五条悟が任務を請け負ったあの日から一変した。彼が彼女を生かす選択をしたことに、上層部が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる様子が容易に想像できた。早々に面通しを済ませたついでに、彼と交わした条件よりも遥かに厳しい条件を充てがわれたのもその為だろう。にも関わらず、彼女は逆らうことなくその条件の全てを受け入れたと聞く。
そんな新しい玩具に自分から手を伸ばした彼、五条君が出る幕もなくあっさりと終了した此度の任務の帰り道、当人は些か不服そうな様子で迎えの車にドシンと腰を下ろした。座って間もなく携帯を取り出すと、彼女からの連絡がないかを確認して小さく息を吐く。

「冥さん一人でもいけたでしょ、この任務」
「何でも一つ言うことを聞くと言ったのは誰だったかな」
「あいつのこと聞きたいなら、家に行けばいいのに」
「彼女には会いたいが君の住む家には行きたくない」

あの日、私は視覚共有をして彼女と五条君の一部始終を見ていた。勿論彼が私の烏に気づかぬ筈はない。彼女の家族の全財産を私に譲る代わりにと、一つ条件を出してきた。彼女の家は裕福だったし、引き受けない理由はなかった。そうして初めて対面することになった彼女は、まだ殺風景なあの部屋に一人、子どもが遊び終わったクマのぬいぐるみのように足を投げ出して床に座っていた。扉を開けた五条君の姿を見た時の瞳と、その後ろに立つ私を見つめたあの真っ直ぐすぎる瞳に魅了された。その後何度か会う度に淡い笑顔を浮かべてひらりと手を振る彼女は、いつ見てもあの日のままの空気を保っていて、あの日から時間が止まっているのではないかと感じることが多くある。もう五年以上の月日が流れているとは思えないほど、彼女は変わらないように見えた。

「その後、外には?」
「三ケ月に一度くらいは無理やり連れだしてるけどね。他は全然」

彼女を一番近い所で見てきた五条君自身はどう見ているのか聞いてみれば、良くみていればどういう気持ちかくらいはわかるようになったと言う。ただ、考えていることは未だにわからないことばかりだと降参するように両手を上げた。言葉数も表出する感情も少ないなまえ。あの日、彼が持ち帰ったスピーカー達を目にしてもその表情が変わることはなかったけれど、一つずつ大事そうに抱えて各所に設置していく姿は確かに嬉しいと言っていた。最後の一つは自室が決まったら置く、と告げた彼女に彼が好きな方を選ぶように言えば、公園がよく見える右側の部屋にすると他の荷物を持って迷いもなく自室に入っていく。数分後部屋から出てきた彼女は、先ほどまで座っていたリビングの真ん中に腰を下ろして、早速音楽を響かせた。スピーカーの音が良かったかどうかは、あの日彼女が左右に身体を揺らしながら窓の外の景色を眺めていた姿を見ればよく分かった。彼女の姿を見た五条くんの口から良かったという言葉が滑り落ちたことを、彼自身気付いていない様子だった。サングラスの隙間から見えるその瞳は、柔らかく微笑みの表情を作っていたのだ。

「五条悟を困らせる女、か。良いね」
「冥さんにはあげないよ」
「構わないよ。手の内になくても彼女は金になる」

その言葉を聞いて、五条悟の隠れた視線が鋭くなる。これはヒントを与えすぎてしまったかな。

「‥冥さん、上にお金積まれたの?」
「さあ、どうかな」
「本っ当、良い性格してるよ」

濁った太い声を飛ばし握った拳で車の後部座席を思い切り殴りつけると、運転手の襟元を後ろに引いて五条悟はスピードの緩んだ車から飛び出して夜の帳へと消えていった。

「ははは、随分揶揄い甲斐のある子になったものだ」
「五条さんのあんなに慌てた所、初めて見ましたよ」
「それなら、忘れた方が良い」

隣に出来た座席の凹みを撫でてから彼女の元に置いてきた烏と視覚を共有すると、それに気付いた彼女もこちらを見て手をひらりと振った。呪いは相変わらず見えないそうだが、あの日以降気配の察知能力は一際研ぎ澄まされたらしく、昼は無意識的に、夜は気を張っていれば違和感として察知できるようになっているそうだ。今日は学長がまだ来ていないから、気を張っているのだろう。
物静かな彼女の代わりに、いつでもあのスピーカーが音を織っている。本当ならば実家にあったオーディオでCDを聴きたかっただろう。或いは蓄音機の針を落としてレコードを聴きたかっただろう。それでも彼女はあのスピーカーで聴く音楽が好きだと、その口角を緩やかに上に向けた事を五条悟は知らない。

「五条君もまた、鳥籠の中の鳥ということだ」

もしかすると、私もその一人なのかもしれないな。数分後、彼が慌てて家のドアを開けてドアロックに阻まれるお決まりのシーンをしっかり堪能して、その後の映像以降を今回の引き落とし先に提供した。

リモンチェッロ


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