01919


悠仁を寮へ送り届けながら、彼女に会ってみた感想を聞いてみた。学長が会えばわかると言った意味が今なら良くわかると笑いながら、会えてよかったと何かを決意したような瞳で彼は言った。悠仁がなまえの今までとこれからを聞いて苦しそうな表情をした時、そしてそんな悠仁を見て彼女がありがとうと言葉にした時、僕は正直安堵した。彼女に悠仁の話をした時は、いつも通りに分かったとするりと受け入れたからだ。
悠仁にも説明した通り、呪力の大本は人間の負の感情だ。彼女の呪力は、呪霊と距離を取らせればはっきりと認識できる。彼女と出会ったあの日、彼女はペンダントをしていなかった。曝け出されたその呪力の膨大さに、誰も近づけない雰囲気だった。なまえはこれまでもストレスを感じた事など殆どないと言うが、術師と違い捻出しているわけでなく毎日絶えず湧き出てくる生活が幼い頃から続いているのだから、その感覚は既に麻痺しているのだろう。他人を心配して自分が傷ついていることに気付かない、そんな奴だ。あのありがとうは、悠仁だから引き出せたものだ。彼女にとっても、悠仁に会えたことは良かったと思う。

「先生、なんか機嫌良さそうだね」
「そう?」

鼻歌を指摘する悠仁に、あの日のなまえが重なった。何の歌?と聞かれて一番好きな歌だと答えれば、あの家でも流れていたねと鋭い指摘を受ける。悠仁の奴、よく覚えてるな。

「先生ってなまえと付き合ってんの?」

それはないねと即答した僕に、悠仁は目を丸くした。顎に手を添えてううんと唸った後、もう一度本当に?と聞いてきた。

「ないよ。説明した通り、成り行きで一緒に生活してるだけだ」
「任務の一環ってやつ?」
「だね」

ふうん、と悠仁はそれ以上は何も言わなかった。その態度に今度はこちらがひっかっかる番だ。年頃の女と一緒に暮らしているのは、特別な関係だと思われても仕方ない部分は確かにある。それが証拠に、彼女との生活を聞いた奴は大抵一度はそういう話を振ってくる。ただそれはこの特殊な環境がそうさせているだけで、相手が悠仁だとしても同じことが起こるだろう。試しに今度悠仁に護衛を任せてみようかな。そうしたらその納得しきれていない表情も、すぐに変わるはずだ。

「なまえのことが気になる?」
「そりゃあね」

悠仁は素直に気になると答えた。仮にも自分が彼女のゴールテープを切る鍵なのだから当然だと言った。そういう意味で聞いたわけじゃない、というのはこの子には意味のない言葉だから言うのは止めておこう。この話は終わりだなと悠仁の肩に手を置くと、だけど良かったよとこちらに笑顔を向けてくる。

「なまえには五条先生がいるからさ。」

誰かがそばにいてくれるってのは、やっぱり心強いよ

そう言って笑った悠仁の笑顔はサングラス越しでも痛いくらいに眩しくて、心臓が焼けるように熱くなった。悠仁はなまえに似ている。彼自身が話していた少し前まで普通の高校生という部分だけでなく、真っ直ぐで人を惹きつけるような所や、自然と愛されるような所が似ている。自分も苦しいだろうに相手のことばかり考えてそれを優先するところも、そんな自分に鈍感な所もよく似てる。

「それじゃあまた休み明けにね」

悠仁と別れた後、焦げ付きそうな心臓を冷やすため適当なカフェでアイスフルーツティーを買って、しばらくの時間を過ごした。家に戻ると彼女はいつも通り音楽の中に埋もれていて、そんな彼女の手には、淡いタッチで描かれた悠仁の絵を描いたスケッチブックが握られていた。

「ただいま」
「ん」
「悠仁に会ってみて、どうだった?」
「お日様みたい。温かくて眩しかった」

言葉の通り、彼女は悠仁を気に入ったようだった。なまえについての話をした後も、彼女は特別気にも留めていない様子であの子に話しかけていた。悠仁もあの性格だ。すぐに親しくなって楽しそうだった。彼女の方が年上だと知った悠仁はため口だったと慌てて謝ったが、そんな些細なことを彼女が気にするわけもなくそのままが良いと伝えていた所だけは、キッチンに居た僕の耳にも届いていた。

「それと、他人の影はよく映すのに、自分の影は隠してる」

表情一つ変えず、なまえは言った。そして、悠仁は僕に似ているとも言った。それなら、僕と君は似てることになってしまう。流石にそれだけは、あり得ない。

「僕は太陽にはなれないよ」

そう返した僕に、そうだね、と彼女は言う。

「悟は、月に似てるよ」

なまえはそう言って僕に真っ直ぐな視線を向けた。

隠し通した白い靄


PREV BACK NEXT