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会場を出たのは、もうだいぶ夜も更けてからだった。
あまり長居するつもりはないと言ったものの、予想以上にたくさんの令嬢を紹介されてしまい上司の令嬢とあればあまり変な態度を取るわけにもいかず、結局こんな時間になってしまった。
しかし、運転手はしっかりと会場前で勇を待っていた。
言われたことを守れる人間は嫌いじゃない。
勇は、待たせてしまったことを運転手に詫びてから静かに後部座席に乗り込んだのだった。
勇は勘違いされやすいが、存外素直な性格であるから、悪いと思ったら素直に詫びの言葉も出てくるのである。
ただ、相変わらず最近の勇が纏うなんともいえない柔らかい雰囲気はどうにも慣れず、運転手は緊張しつつ平静を装い邸に向かうのであった。
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邸について、自動車からおりる。
さすがに邸の灯りは殆んど消えていて、皆が先に就寝していることは一目瞭然だった。
(はるもさすがに寝ているであろう…)
はるに出迎えて欲しいと思う自分がいる。
特にこんな夜は。
やたらと化粧品の匂いを纏わせて、家柄に鼻をかけ、見た目ばかりを磨き、肝心の中身がどうしようもない御令嬢達の相手をしてきたのだ。
さすがの勇も気が滅入る。
大きな溜め息を一つ、玄関前に落として勇は邸の中へと入って行った。
中に入り、やはり今日は誰の迎えもないのだと思ったときだった。
奥からバタバタと足音が聞こえる。
邸内をこんな風に走り回る奴など、彼奴しかいない。
バレたら千富は怒るだろうが勇の心は途端に弾む。
「…はぁ…っ、い、勇様っ!!」
「…何をしているのだ?」
おかえりなさいませ、と息を切らして言うその姿に思わずニヤけそうになった自分を押さえようと平静を装い落ち着いた素振りで聞いてみる。
「えっと、その、お、お出迎えを…」
「そんな身形でか?」
「あ、あの一応着替えようとしたのですが…間に合わなくてそれで…」
「…まあ、よい。」
いつもの制服ではなく、彼女が自室で着ているのであろう寝間着と、ほどかれたおさげが新鮮で。
勇の自室に戻る道のり、自分の後を黙って着いてくる彼女を横目に、今度こそニヤついてしまう自分の口許を、そっと掌で隠したのであった。
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blue moon